物語
□甘い毎日
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【甘い毎日】
「…陛下、これは一体どうしたんですか?」
第三師団の師団長であるジェイド・カーティスは仕事の関係で我らが君主であるピオニー・ウパラ・マルクト九世の私室へ向かっていた。
もとよりサボり癖のある、皇帝らしからぬ彼。ほぼ毎日のように脱走などをやらかしているが、今日は脱走したとか姿が見えない云々の報告は少なくとも自分の所には上がってきていない。
どうせあの家畜…もといブウサギたちと戯れているか、昼寝でもしているのだ。
前者ならば家畜を譜術で丸焼きに、後者ならば目が覚めるようインディグネイションでも落としてやろうと頭の中でなんとも腹黒いことを思いつき、若干顔を綻ばせて、ドアを押した。
結論から言うと、そこにはブウサギと戯れる彼も(というかブウサギ自体いなかった)、
大口を開けていびきをかいている彼もいなかった。
その部屋には、沢山のケーキがテーブルの上に並んでいた。
そして、冒頭に遡るわけだ。
「お、ちょうど良いところに来たなジェイド!今から呼びに行こうと思っていたが俺の手間が省けた」
「私の手間は増えましたよ…一体何なんです、これは。何処から持ってきたんですか?」
こめかみを揉みながら、目の前の上司に問いかける。
「何が持ってきただ!!俺の私財で買ってきたんだよ。お前が新しくできたあのケーキ屋に一度行ってみたいとぼやいてただろう!!」
…覚えてたんですか?
それが素直な感想だった。
「…いかにも覚えてたんですか?ていう顔をしているな」
「何で人の考えることが分かるんですかあなたは…」
まぁ、それはいいですが、と仕切りなおす。
「これだけの量、あなたと食べたとしても食べ切れませんよ?」
「何言ってんだ。余った分は夜のお前に盛り付けるんだよ」
「…恥ずかしげも無くそんなことを言える貴方には心から敬服します…」
まったく、相変わらず恥ずかしい人だ…
昔から、自分のことを可愛いとか、綺麗だとかを飽きずに囁き続けてきた彼。
それは勿論、今現在にも続いており、最早習慣へと化している。
よくもまぁ、35歳の、男性軍人にそんなことが言える物だ。普通の者なら、口が裂けても言えないだろう。
「と、いうワケでジェイド!!今すぐ食える分だけ食え!!」
「な、何を仰るんです!!まだ残りの仕事もあると言うのに…」
「お前が今、ここで食べないと一生仕事なんてしないぞ!!」
まるで駄々っ子のようなピオニーに、思わず溜め息をつく。
しかし、言ったことは必ず突き通すのがこの男の怖いところ。恐らく本当に仕事をしなくなるだろう。
そんな彼の姿を思わず想像してしまい、内心でもう一度深い溜め息をついてから。
「はいはい、分かりましたよ。食べれば良いんですね」
そう、気だるげに答えてやれば、途端に顔を明るくする彼。
まぁ、それを可愛いなんて不覚にも思ってしまう自分も、相当恥ずかしい人間なんだろうな、と心の隅っこで考える。
「よし!準備できたぞ!」
目の前に並ぶ、なんとも美味しそうな、様々なケーキ。側にあった椅子に座り、まずは定番のショートケーキをつつく。
一口食べて、なるほど、あれだけの値段をするのも頷けるな、と賞賛しながら、
女じゃないがさて、上の苺はどのタイミングで食べようかと悩んでいると、
「うまいか?」
いつの間にかすぐ横に来ていたピオニーに聞かれる。
「はい、とてもおいしいで…」
買って来てくれた彼に感謝の意も込めて、微笑みながら答えようと顔を上げたとき
キスが、降ってきた。
最初は分からなかった。
目の前に広がった金色をみて
あぁ、キスされたんだな
と意識の片隅で理解する。
しばらくして名残惜しそうに離れていった唇に、ぽーっとしていると、なんとも妖しげな、夜の香りがする笑みで
「味見。」
なんてたった一言返された。
それでも返事をせずにいると、
「なんだなんだ、俺に惚れ直しちまったかー?」
なんて言われて、恥ずかしさのあまり上級譜術を彼にかましてしまうのは数秒後のこと。
〜fin〜