物語

□こんなにも
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 【こんなにも】


「いやだ!!お前にちゅーして貰うまで、俺は絶対に仕事なんかしないからな!!」

「いい加減にしてください陛下!!そんなこと言って、駄々をこねてる暇があるならそれこそ仕事をなさい!!」

ここは、マルクト帝国の首都、グランコクマの軍本部である。
更にもっと言えば、その軍本部の一番端に位置する第三師団師団長、ジェイド・カーティスの執務室だ。その部屋から聞こえてくる男と女の怒鳴り声。

傍から見れば、異様な光景だろう。いつも緊張感に包まれていなくてはならないはずの場所から、ちゅーしてくれだのサッサと仕事しろ等という、緊張も糞も無くなるような喧嘩が聞こえてくるのだから。
しかし、見回りの兵士達は全くといっていいほど意に介していない。新人の、まだ入りたての兵はなんともおかしな光景に唖然としているが。
つまるところ、“それ”が日常茶飯事ということである。

「いい加減にしなさい!!貴方は仮にもこの国の皇帝陛下なのでしょう?!私のような一介の軍人に構わないで下さい!!」

「仮にとはなんだ!?俺はれっきとした皇帝だ!!だからと言って好きな奴と一緒にいたいと思って何がおかしい!!皇帝である前に一人の人間なんだぞ!!」

「分かっていますよそんなこと!でもソレが公務をほったらかしにしていい理由にはならないでしょう?!」

「だからちゅー1回で仕事するって言ってるだろう!!」

「嫌です!!私なんかより、可愛い女性はたくさんいるでしょう!!どうせ、“可愛くない”方のジェイドなんですから!」

そこで、ピオニーは押し黙る。

「…分かりましたか?ですから早く、お戻りになってください」

ジェイドはもう用なしと言わんばかりにピオニーに背を向け、椅子に座って黙々と書類の整理に取り掛かった。
当の、今まで散々ちゅーをせがんでいたピオニーは…

「…悪い…」

…すっかり、しおらしくなっていた。
どうやら、いつも彼女に対する嫌がらせの一環として使用している《可愛い方のジェイド》と《可愛くない方のジェイド》を逆手に取られたことが随分と効いたようだ。

しかし、すっかりご機嫌斜めのジェイドはピオニーの方に向き直ることもしない

(やべー…何て謝ろう…)

本気で危機感を覚えたピオニーは冷や汗をかいた。

まずい。ひじょーにまずい。このままだと俺とジェイドのいちゃいちゃラブラブストーリーは最悪の形で終わりを迎えてしまう…

(ん…?…もしかして…)

そこであることにピオニーは気づいた。

(可愛くない方のジェイドっていうのを逆手に使ったって事は、少なからず気にしてるってことだよな…)

それは、つまり。

(嫉妬…?ブウサギに?」


「そうか…ジェイド、お前可愛い方のジェイドに嫉妬してるんだな?」

するとジェイドはビクリと肩を揺らした。
しかもよくよく見れば、耳が赤く染まっている。

「な、何を仰ってるんですか?そんなワケないでしょう」

声も少し上ずっているし、喋り方もおかしい。

(分かりやすい奴…)

「ジェイド…お前、可愛いな」

「なっ…?!」

その言葉でジェイドはピオニーの方を振り向く。その時に腕が書類の束に当たってしまい、勢いよく床へ散らばった。しかし当の本人は其れにも気づいていないかのようにぽかんとしている。

「よし、これからは“すごく可愛い方のジェイド”だ」

にぱ、と笑って新しいニックネームを提案してやれば、顔を真っ赤にして、

「…馬鹿ですか?貴方…」

という呟きが聞こえてきた。


可愛いかわいい、俺のジェイド
(カッコいい、私のピオニー)


どんなに言葉を並べても、
(世界中の大好きという言葉を集めても)


こんなにもでかい俺の思いは
(こんなにも大きい私の思いは)


表すことなんて、出来ない!


 END
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