露時雨 -ツユシグレ-

□9・図書委員  
1ページ/5ページ

 

静かな図書室で躊躇いがちに声をかけられ、不破雷蔵は読んでいた本から顔を上げた。

「あの、すみません。不破先輩にお聞きしたい事がありまして。」

僕が視線を向けると声をかけたのは三年の浦風藤内だった。


「どうしたの?。」

そう聞き返せば、彼は少し困った顔をした。


「火器の復習をしようと思っていたのですが、巻物がみつからなくて・・・。もしかして誰かに貸し出されてますか。」

「火器の巻物だね。ちょっと待って。」

机の側に置いてある貸し出しカードを確認するがそれらしきものは見当たらないし。
今日は僕が当番の日であったから、貸し出した本にだいたい見当はつくのだけれど火器の巻物は貸し出した覚えもない。


「貸し出しの方にはないようだよ。そうなると、何処かに別の棚に紛れてしまったのかな。」

考え込みそうになる一歩手前で藤内に言うと、彼も納得するように頷いた。


「ありえますね。もう少し棚を探してみます。」

「藤内、その火器の復習って、どんなやつをするの。物によっては他の本で代用できるかもしれない。」

「そうですね。飛爛珠の作り方が書いてある巻物を探してました。確かそんな巻物があったはずなんです。」


飛爛珠 ヒランシュ

その言葉に聞き覚えがあって思わず僕は苦く笑った。

大雑把な性格の僕は、以前とんでもない失敗をした。

飛爛珠に健康体操、料理に毒薬の4つの巻物を誤って一つの巻物に纏めてしまった事がある。

幸いにも、図書委員会の顧問である松千代先生の手によりそれらは全て元の四本の巻物に修復されたのだが、一度バラバラになってしまった巻物は、破れた箇所などが脆くなり貸し出しが制限されてしまった。

確かそれらの巻物は図書室ではなく、持ち出し厳禁の書庫に置かれている。


「ごめん、藤内。今、その巻物は貸し出しが制限されてしまっているんだ。残念だけど・・・」

そこまで言って、僕は今朝の中在家先輩の言葉を思いだした。

ムスッとした表情の先輩はいつものようにモソモソと教えてくれた。

いくつか新しい本が入った事、その中に以前図書室にあった貸し出し出来なくなった本や巻物を写本し製本したものである事を。


「もしかしたら。」

僕は横に積み上げられた本の山をざっと見ると、幾つかはみ出している本の中の一冊に手を伸ばした。
本の山の中で赤い綴じ糸で縫われているのは掴んだコレ一冊のみ。


―― あの先輩はいつもそうやって僕達に分かりやすく印を残してくれていた。――

今回もそうだと今までの経験からの判断。悩む暇もない。

本を引き出した途端に、本の山はグラグラと揺れて崩れそうになるのを上からバシッと叩くように押さえこみ崩れるのを止めた。

僕の行動に藤内は目を丸くして驚いている。
そんな彼に僕は目的の本を差し出した。


「巻物の代わりにこの本を借りなよ。内容は同じだから大丈夫。」

本を受け取った藤内がパラパラと頁をめくる。


「確かに、大丈夫そうです。助かりました。不破先輩、ありがとうございます。」

ペコリと頭を下げる藤内に真面目な子だなぁと思うと同時にあの先輩も彼に負けず劣らず、真面目だったのを思い出す。

火器は赤、水器は青、開器や壊器は白色などと見易く綴じ糸を分けてくれていた。

それは、今でも新しく入った図書委員の二人が本を覚えるのに凄く役立っている。

藤内の貸し出し手続きをやりながら、ふっと笑みが溢れた。


「貸し出し期限を守ってね。」

藤内に本を渡しながら言えば、彼は姿勢を真っ直ぐに正し『もちろんです』と返事した。
本を抱えた藤内はどこか嬉しそうに見えて僕もなんとなく嬉しい気持ちになる。

図書室を去る藤内を見送った僕は読んでいた本へと視線を戻さずに隣の本の山へと向ける。

ここに置いてある本は、どれも借りれなくなってしまった本や巻物だったのに、先輩達はそれをもう一度借りれるように本に新な機会を作ってくれたのだ。


「ほんとに敵わないなぁ。」

脳裏に思い浮かんだ二人の先輩へ僕は思わず呟いてた。







++ 9・図書委員 ++

  
  
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ