1----あーん


「十希夫のチョコだろ。一口くれ」
「いいけど。ほらよ」

といってさっきコンビニで買ってきたアイスを黒澤に一口あげる。十希夫が買ったのはカップアイスで、スプーンとカップがそのまま渡されると思っていたのに十希夫が差し出したのはアイスを一掬いしたスプーンだった。

「スプーンごと寄越せよ」
「もしかして照れてんのか?」

所謂「はい、あーん」の状況に戸惑う黒澤に対して十希夫は笑うでもなく平然とした顔で言う。

「わざわざスプーン渡すのが面倒だろ」

ああそういう事かと黒澤は多少納得したが、しかしその状況には変わりなく、十希夫はなんとも思わないのだろうかと思った。

黒澤はなるべく気にしない様子で十希夫の持つスプーンをくわえると、ふと笑われた。

「クロサーの餌付け」
「バカ言ってんじゃねぇよ」
「なぁ、俺も一口くれよ」


そう言って棒アイスを食べている黒澤の返事を聞く前に、十希夫はアイスを持つ黒澤の手を掴んで自分の口まで運んでそして一口食べる。

「うん、うまいな」
「お前ほどギャップって言葉が似合う奴はいないな……」
「そうか?」
「俺の前じゃ素直すぎだろ」
「慣れた奴にはこんなもんだぜ」
「軍司さんにもか」
「まあ」
「…もうすんな」





十希夫みたいなのは意外と気兼ねしない人にはこんな感じだったりしてほしい。








2----きずあと



「なあ、この傷」

黒澤の頬から顎にかけて走る傷跡に十希夫の指先が触れる。

「ん?あぁ、なんだよ」
「跡が残るくらいだから痛かっただろ」
「んなこともう忘れた」
「ふーん…でも付けた奴のことは忘れねぇだろ」

十希夫がそう仄めかすと二人の頭には、真島の姿がちらついた。

「俺のなのになんでアイツの足跡が付いてんだよ」

そう言って十希夫は傷跡を隠すように黒澤の頬に手の平を宛てて、子供が拗ねるように少しだけ唇をとがらせた。

「それスゲー嫉妬だな」


黒澤は十希夫の口からこんなにかわいいことを聞いたことはなくて、何とも嬉しく思ったのだった。






クロサーの傷を見るとつい真島を思い出してしまって不満な十希夫でした。






3----上着



秋の始め、昼間は夏の名残があるような僅かに汗ばむ陽気だが、陽が沈んでしまえば一気に涼しさが身をくすぐる。
そろそろ長袖にしようかしまいかという曖昧な陽気に、朝の時点の気温で服装を決めると夜になってから困ったりするのだ。そんな状況の十希夫は半袖から露出した二の腕の冷えを感じて軽く擦った。


それを目にした黒澤は、寒いのか?と問いながら十希夫の腕に触れる。体温が感じられないひやりとした感触にそのままぎゅうっと握った。


「何すんだよ。痛ぇだろ」
「いや、冷えてんなと思って」
「あっためてやろうってか?手でなんて無理だろ。せめてその上着貸してくれ」


服装を調節できなかったのは自分のせいだ。それを誰かに補ってもらおうなんて、普段の十希夫ならしないこと。しかし黒澤の前でだけは違った。
少し甘えが出て、つい寄り掛かってしまう。


十希夫にそう言われて、黒澤は自分がカーディガンの下は七分丈のTシャツを着ていたので素直に貸してやることにした。
夜道を歩きながらカーディガンを脱いで、ほらよ、と十希夫に渡し、それに手を通した十希夫は自分で言い出した事なのになんとも言えない気持ちになった。
今まで黒澤が着ていたものだからカーディガン自体が既に温かい。黒澤の体温がそのまま十希夫を包んで、妙な甘ったるさを感じた。体温を分け合うだけでこんな気持ちになるなんて中学生じゃあるまいし、なんだか恥ずかしくなって顔を伏せたくなった。そしてそれを隠すようについ悪態をつく。


「ぬるっ……」
「あぁ?脱いだばっかだから当たり前だろーが」
「分かってるけど、ぬるい」
「貸してやったのに文句言うな」


カーディガンに残った黒澤の温かさもあり、すぐに体が温かくなった。ポカポカと立ち上るような温かさで耳が熱くなるほどに。しかし、ただ上着を羽織っただけではこうも熱くなるはずがない。十希夫は、温かさの出所が胸辺りなのを感じて先程の言葉を撤回した。


「クロサー、嘘だ。ぬるくなんかねぇよ。あったかい」
「なんだよ、急に素直になって」
「いいだろ、別に」
「まー、そうだな。素直な方が可愛いげがあっていい」
「あっそ……」


その直後、手は?と黒澤が尋ねつつ十希夫の指先を取ると、腕と同様にひやりと冷たかった。


「お前、体温低いな」

黒澤はそう呟きつつ十希夫の指先を握ったまま夜道を歩いた。十希夫は一瞬周りを気にしたが、裏通りで人気がほとんどなかったので黒澤の手はそのままにしておいた。
そのせいで熱く感じる体温は治まらず、のぼせはしないかと要らぬ心配をしてしまったのだった。








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