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□【執拗に甘い地獄】
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「あれ?」


 燐が座っていた椅子の上を見やると自分のものではない携帯が所在なさげにポツンと置かれていた。きっと燐のズボンのポケットから滑り落ちたのだろう。
 このまま置いて帰るわけにもいかないので僕は急いで帰宅準備を整え、携帯を片手に教室を出た。

 ネイガウス先生はいつも職員室ではなく数学の準備室にいる。数学の準備室は別棟にあるため、学校内で寄り付く生徒はほとんどいない場所だった。
 普段は騒がしい学校のなかでこの別棟だけは異空間の様で静かになりたいときはよく此処へ逃げ込んでいた自分を思い出す。


「〜〜〜っ!!」


 何処からともなく人が争う声が聞こえた気がした。燐とネイガウス先生かもしれないと、僕は準備室へと急いだ。


「燐?先生…?」


 ノックも忘れて、扉をそっと開けば逆光とともに嗅ぎなれない香りがムワッと漂ってくる。鉄臭いような、生臭いような香りに鼻がいかれそうになる。


「…ゆき、お?」


 逆光でほとんど見えなかった視界がようやく慣れてくると、準備室のなかの様子がよくわかった。
 仰向けで床に転がったネイガウス先生は血塗れで、血溜まりのなかに佇む燐の手も同じように真っ赤に染まっていた。


「燐!ネイガウス先生!?」


 慌てて駆け寄り、先生の息を確認するがもうすでに呼吸は止まり脈も感じられなかった。


「死んでる……」


 何で、どうしてだ?さっきまで普通の日常だったじゃないか?明らかに他殺体だという事実に僕の思考はパニックに陥っていた。


「あーあ、見られちまった」


 この場には似つかわしくない声色が響き渡る。まさか、信じたくはなかった…燐を見やれば恐怖でも悲しさでもない、悪戯が見つかった子供のような表情を浮かべこちらを見つめていた。
 

「え、何言って…」
「ん?俺が殺したんだよ」


 腰が立たずにその場にへたり込んでしまった僕の隣に燐が移動してくる。
 無意識に身体がカタカタと震えだすのを止められなかった。目の前に担任の死体とその犯人である同級生に挟まれていつもどうりに接せれるわけがなかった。


「な、んで…」
「だって、先生ってヒデーんだぜ?俺のことが一番好きだって言ったくせに死んだ奥さんの写真、まだ飾ってやがんの」
「え?」


 燐のことが好き?二人は付き合ってたってこと?


「だからムカついて昨日、先生の目…潰しちまった」


 クスクスと笑いながら仰向けに横たわる先生の左目を指差す。数時間前まで真っ白だった包帯はすでに赤黒く変色し始めていた。
 先生の怪我がここ最近絶えなかったことを、ふと思い出す。

 先生が死んだこと、同級生が殺人犯だったこと、僕が現状についていけず放心していると何を思ったのか燐は僕にそっと手を伸ばしてきた。


「なぁ、さっきの教室で俺に欲情した?」
「っ!!」


 死体を前にして、あまりにも似つかわしくない下世話な物言いだった。それなのに、燐の声は甘く僕の鼓膜を振るわせた。
 驚くほど妖艶にしな垂れかかる燐は、血に塗れた指を僕の唇の上に滑らせた。
 ヌルリ…とした生ぬるい感触に粟立つのを感じながら僕は燐の一挙一動を見逃すまいと、見つめ続けた。
 そっと伸ばされた腕が首筋に回り、ゆっくりと燐の顔が近づいてくる、そして…。


「キスのときは目を瞑るもんだぜ」


 うっすらと血に染まった唇はゆっくりと口元に弧を描く。
 ゆったりとした動きで燐はジャケットのポケットからコンパスを取り出した。いつも先生が使っていた銀色の少し大きめな物とよく似ている。
 なんのつもりかと見つめていれば、燐は床についていた僕の手の甲にそのコンパスの針を突き立てた。


「う゛あっ!!」


 決して細くはない針が手の甲の中に存在していることがありありと分かる。
 さっきまで一番好きだと思っていた彼の幼い笑顔は僕の脳裏から一瞬で消え去り、熱を帯びた瞳とほんのりと上気した頬の燐が僕の全てを支配した。

 焼けるような痛みと共にこれから起こるであろう一つの未来を口にする。


「僕のことも殺すの?」


 彼の腕のなかで自分が絶命する瞬間を想像する。最後に目に映るのはきっと今以上に恍惚とした表情の彼だろう。
 
 悪くない…。本気でそう思った。


「嫌だ」
「え?」
「殺してなんてやらない」


 突き刺さったコンパスを更に深くにねじ込みながら、耳元に口を寄せられる。熱い、興奮した吐息とともに囁かれる。


「俺は愛してる奴しか殺さない」


 ぺろりと唇に付いた血を舐め取ると同時にコンパスが引き抜かれる。途端にあふれ出す温かい血が僕の手を真っ赤に染めた。


「殺して欲しかったら、俺を惚れさせてみろ」


 真っ赤に染まり、甲の抉れた手をそっと持ち上げると燐は自分の頬に僕の手を添えさせた。
 僕の血で彼が赤く染まることに、心臓が段々と高鳴り今までに感じたことがないほど興奮していた。
 先生の血で濡れた唇を僕の血で染め直す。その行為に酷い幸福感と充足感を覚えたのだった。

 どれくらいそうしていたのだろう?
 放心したように動けないでいる僕と、動かなくなったネイガウス先生を置いて燐は出て行った。
 凶器であるコンパスと、僕の手の甲に烙印を残して…。





―……。





 結局、見回りの先生がくるまで僕はそのまま動けないでいた。それはあくまでも恐怖で動けなくなったわけでも、臆したわけでもなく…この甘い地獄が終わってしまうのが恐かったからだ。
 

 卒業式当日、全校生徒にネイガウス先生が死亡したことが告げられたらしい。僕は怪我とPTSDの疑いのため、暫くの入院を余儀なくされた。
 燐の失踪については生徒間の噂に留まり、何も知らされないまま僕らは学校を卒業したのだった。
 
 

 あの時間は夢だったのでは?と今でも思ってしまうほど、日常から逸脱していた。
 それでも右手に残る傷跡だけが、あの刻が幻ではなかったと教えてくれるんだ…。




fin.



☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆


リクエスト内容 黒葉さまへ
【殺人狂で妖艶・魔性な燐】

リクエストありがとうございます!!


えー見事に挫折した感がありますね…うちの燐には色気が足りない。管理人には文章力が足りない←

えっと、このお話には続編があります!それで完結する予定です。
次回は警察官になった雪男が燐を追い掛け回す感じになります。

殺しといてなんですが、ネイガウス先生大好きです!!



2011/9/13
管理人 しゅがー。




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