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□【日々是好日】
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「いい加減にしろよ!!」
自分の怒鳴り声が小さな寮の部屋のなかに響き、目の前で正座する兄さんが更に小さく縮こまる。
「任務は団体行動なんだ!それに、だいたい何で僕を庇ったりしたんだ!?」
今日の日中はそこまで難しくはない任務のため、訓練という名目で兄さんも同行した。
普段ならば決してミスしたりしない場面で危なっかしい兄さんに気を取られ、自分自身の援護が疎かになり敵に襲われたのだった。本来なら腹部に風穴が開いていただろう。しかし、僕を庇い兄さんが胸元を抉られる事によって、僕は無傷で済んだのだった。
「俺なら大丈夫だから!」
ほら!と、言いながら兄さんは傷を負ったはずの胸部を晒す。大量の血が凝固して分かりづらくはなっているが、傷口はもうほぼ完全に塞がっているのだろう。
「だから、心配すんなよ…な!」
明るい兄さんの笑顔にいつもなら安心するはずが、今は見れば見るほど苦しくなり…辛かった。
「僕は…」
「雪男?」
「……兄さんに守られたくなんてないっ!!」
搾り出すように叫んだ言葉に兄さんの顔が一瞬だけ強張ると、すぐに困ったように眉をさげながら微笑まれた。
「そうだよな、わりぃ…」
頭を掻きながら、空笑いする兄さんに更に心が苦しくなる。違うんだ、そんな事が言いたいんじゃない。
取り繕うための言葉が頭の中で交差する。言いたい言葉を伝えようにも、まるで喉に張り付いたかのように発することが出来なかった。
心の中に渦巻くドロドロとした感情がまるで全身に絡みつき、身動きが取れなくなる。
立っている事すら辛くなり、僕はその場に崩れ落ちるように座り込む。
「…雪男、俺は大丈夫だから泣くなよ」
兄さんが手を伸ばし優しく頬に触れる。そこで初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「…ご、めん」
「うん」
頬を包む手に、そっと自分の手を添えた。自分よりもずっと温かい体温に、彼は生きているんだと実感する。
胸の奥が締め付けられるような感情の名を何と呼ぶのだろう?
「恐いんだ、兄さんまでいなくなったらと思うと」
恐かった。口にしてしまえばそれが事実になってしまいそうで…。
涙は止まることはなく、必死で止めようと唇を噛み締めた。
不安に押しつぶされそうになる僕を、兄さんは背中に手を回し優しく抱きしめてくれる。
「雪男、俺は死なない」
「でもっ!!」
顔を上げ兄さんと向かい合おうとするが、コツンとお互いの額がくっつき合い眼鏡の僕はピントが合わなくなる。
「兄ちゃんがお前に嘘ついたことなんてないだろ?」
凛とした、でも優しい声が僕を包み込んだ。僕を取り巻いていたドロドロとした感情が徐々に消えていくような感覚がする。
「うん」
「だから、信じろ?」
そう言うともう一度、強く抱きしめられ顔を肩口に押し付けられる。途端、堰を切ったように涙が溢れ出してきた。
肩口を濡らし嗚咽を漏らす僕を、兄さんは赤子をあやす様に抱きしめてくれた。
一定のリズムで背中を撫でる温かい掌と鼓動が僕を安心させる。ざわついた心が段々と穏やかになっていくのが自分でも分かった。
僕はこんなにも愛しい存在を失うことを恐れずにはいられないのだ。
「…兄さん」
「ん、雪男?」
いつの間にか収まった最後の涙を拭い顔を上げれば、不思議そうな顔をした兄さんの顔が合った。
「好きだよ」
そう言って、唇を合わせる。柔らかな唇を存分に味わいながら、お互いの伝えきれない言葉を体現するかのようにキスをした。