※謀らずとも彼の手中の続編



そっと目を開ければそこは見慣れない天井だった。いや、ある意味では随分と見慣れた、けれど見慣れたくなかった天井だった。
随分と肌触りのいい毛布の感触をヤケになって楽しみながら、ぼうっとした頭で考えるのはどうしようもない、どこぞの色男さん。
もっと言えば、私のお母さんを言いくるめて私のことを致った、どこぞの大陸一の弓兵さん。

「あーもー…帰りたい………」
「帰ってるだろ、家に」
「アンタの家にじゃなくて、私が住んでたオンボロ賃貸に、よ!そしてナチュナルに人の個室に侵入してくるな!!」
「ここは俺の家だ。俺がどの部屋に入ろうと勝手だろ?」
「………金持ちめ」

遮光カーテンの隙間から漏れ出す陽光が眩しくも、ジョルジュの金髪を自然と思わせて鬱陶しい。私の爽やかな朝を返せ。
普通の女性ならこういう恰好良い人、大歓迎なんだろうけど…お金欲しさで軍に入った身としては正直どうでもいい。そして帰りたい。
家賃が安くて立地条件が悪くて壁が薄くてちょっとどころかかなり薄汚れてて、物騒なあの賃貸に帰りたい。こんな肌触りのいい毛布、貧乏暮らしから見たら麻薬だってば麻薬!

…けれどこれを当然と思い、少しずつだけどこの豪勢な生活に慣れつつある自分がいて、そんな自分に苛立っているのも事実。
なんでジョルジュが私みたいな、なんの飾りっけもない女を選んだのかがよくわからない。しかも『惚れさせてやる』の一点張り。いや、その点は全く惚れてないから問題ないんですけども。

「そりゃあ貴族だからな。金ならある」
「あーそうですかそうですか。帰れ」
「ここは俺の家と何回言ったらわかるんだ?」
「んなこともうとっくにわかってるわよ!そんでもってこの部屋から出てけって意味よ、この馬鹿!!」
「…馬鹿とは心外だ」

壁によしかかって、心の底から呆れたようにため息。こういう仕草に世の女性は歓声を上げるのかもしれないけれど、残念ながら私はそういう部類の人間ではい。
というかストーカーされた挙句に拉致るような人を(しかもその主犯)を見て、ときめけなんて方が間違っている。大げさなため息は人のことを小馬鹿にしているようでもあるし。

…っていうか出てけ。ここは私の部屋だ。
いや、別にこの家に永住する気なんてないしするつもりもないけどさ!
でもでも、今この瞬間は私の部屋なんだってば。

「まあ、別に馬鹿でもいいさ」
「な、に…それ………」
「馬鹿じゃなかったら、アカネイア五大貴族になんかなれない。俺の家は馬鹿でずる賢いからな」
「………はぁ?」

よく考えれば私、田舎者(しかもドがつく)だからあまり世界情勢なんてものに興味がないし、食いつないでいくのに必死だったからそんなものを気にする暇もなかった。
そういえばお偉いさんなんだよなあ…なんて考える。いや、偉いからって急に媚びたりはしないけどね。だって私、拉致られたし。

でもこれだけ格好よくてお金があって…世の中の女性が放っておくわけがないよなあ。ある意味では私みたいにいつでも馬鹿できたりしないから可哀想だ。
この間、どこぞの令嬢との熱愛が報道されたばっかりだけど。ついこの間、私のこと拉致ったけど。

「それからな、」
「…まだ何かあるの?いい加減出てって欲しいんだけど………」
「───いや、なんでもない。悪かったな、不法侵入して」
「本当よ。次不法侵入したら警察呼ぶわよ、警察。あと、ニーナ姫にチクってやる」

そう言って、ドアノブに手をかけたジョルジュめがけて枕を投げる。どこの修学旅行生だと自分でも言いたくなる行動だが、あいにく私が装備できるものは枕ぐらいしかなかった。
いやまあ、どうせそれはそれは軽やかな動きでかわされることだって容易に予想してたし予期してましたけどね、ええ!



ホームシックは家で発病



とりあえず、あのオンボロ賃貸に帰りたいと本気で願った私は罪人ではないだろう。私には高価な調度品より、土付き大根の方が似合ってる。
もっといえば、私の気持ち云々の前に私じゃあの人には釣り合わない。いや、別に好きだとかそう言う意味じゃなくてだな!!



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