夢幻透析

□side GIA/act1
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1.
銀糸の髪をなびかせた少年が、遥かかなた、空と大地の境目すらはっきりとしない遠くを、じっと眺めている。
少年の名はギアという。
この世界では名前は個体の識別記号にすぎず、苗字は必要ない。
よって彼の名前は「ギア」。
ただそれだけであった。

ギアは、地上から2キロ近く離れた巨木のてっぺんにいる。
一点を見つめたまま動かない紅い瞳は、奇妙なものを捉えていた。

灰色の、四角い建物のようなものの群れを。

「ギ―ア―?何してんだよ!?」

地上で仲間の一人が叫ぶ。
ギアは、返事をしない。

「早く逃げないと、ドイリ―が来るぜ!!」

ドイリ―とは、この巨木を育てている奇妙な怪物の名前だ。
毎日、どこかしらから調達してきた肉の山をこの肉食樹にやりに来る。
木に登っていることが知れたら、巨大な肉切り包丁を持って追いかけてくるのだ。

それでもギアが毎日この木に登るのは、いわば勇気の象徴だった。
そのために、ギアはこの辺りの少年たちの頂点に君臨し、彼に憧れる仲間たちは、毎日この木に登るギアの後についてきた。

ギアは黙ったまま立ち上がり、不安定な足場を、両手を広げてバランスを取りながら進む。
太い幹から生え出した枝の先にたどり着く。
顔を上げると目の前に果てしない空が広がっていた。
この空はどこまで続くのか―――、ギアは目を閉じて枝の先から飛び降りた。

視界を奪われると、体は重みを失ったようだった。
だが、体の真ん中の部分に、叫ぶような存在の重さを感じる。
それが、ひどく不快だった。

一回転して、ギアは見事に着地した。

仲間たちが歓喜の声をあげながらギアのもとに駆け寄った。
ギアはゆっくりと目を開ける。

景色の先に、あの建物の群れが変わらずあった。


「…あそこに、何か見えるか?」
仲間たちの中で、一番気の弱い少年に尋ねた。
少年は、ギアが指差した先を見つめた。


あの建物のようなものの群れは、この世界のものではない、とギアは思った。
この世界の建物は、皆「建てた」というより、地面から「生えた」突起物のようだった。
あちこちに、黒いいびつな大小の尖塔が無秩序に並ぶ世界。
それに対し、あの建物の群れは整然としている。
高さや、大きさ、向きまでもバラバラなのだが、なぜか、その有様が完成されたもののように思えた。

ギアが、その少年に答えを委ねたのは、その少年が最も自分に嘘をつく可能性が低いからだった。
少年は答えた。


「何も、見えない…けど。」


「そうか。ならいいんだ。」


ギアが少年に向かって微笑むと、
少年は照れたようにうつむいた。

こいつは嘘をついてはいない。
こいつにはあれは見えなくて、俺には見える。


だが、この結果は、確かな答えを導くものではない。

“あの建物は幻なのか?”

その、問いに対して。


(行ってみればいいんだ。)
そう、ギアは思った。



「クソがきども〜!!」

「ドイリーだ!逃げろ!!」

仲間たちはちりぢりに逃げていく。
そんな中でギアだけが、もたもたと歩いていた。
走る必要などなかった。


ドイリーは、致命的な鈍足だった。
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