短編集

□ナリスマシ
2ページ/13ページ


由美歌は真弓の姿を認めると、とてとてと歩み寄り無言で抱き付いた。由美歌はまだ小さく、背丈は真弓の腰のあたりまでしかない。抱き付く愛娘を見て真弓は目を和ませた。子供らしい仕草が可愛くてたまらない。
「返事をしないから、いないかと思ったわ…」
「…いるもん」
抱き付いたままの幼子の真っ直ぐなショートボブの髪を撫で梳いてから、真弓は大儀そうに腰を折って、視線を合わせる。真弓はお腹が大きい。“あかちゃん”が中に入っていると、由美歌は先日教えて貰った。しかもその赤ちゃんは由美歌の妹か弟になるという。
「朝ご飯の用意ができたよ」
「うん…」
会話しながらも、由美歌の視線は真弓の腹部に注がれる。赤ちゃんがその中に入っているというのが不思議でならない。
「ねえ、あかちゃん今も入ってるの?」
「ん?入ってるよ」
由美歌はそっと手を伸ばして丸いお腹に触れてみた。耳をくっつけると、なんだか遠い昔に聞いたような音が聞こえる。
真弓はその様子を愛おしむように見つめた。

「………」

ふいにそんな真弓の焦点がぶれる。
こんな優しい幸せの中、ぽっかりと怖くなる時がある。頭の中を何かがよぎるが、その正体はわからない。
予感……と呼ぶものなのかも、しれない。

「…ぇ、ねえってば」
由美歌の声で、はっと我にかえる。
「ごめんごめん、なあに?」
「あのね、あかちゃんはおとうと?いもうと?」
「さあ…どっちだと思う?」
実際真弓も知らないのだ。性別を教えましょうかという医師の申し出を断った。生まれてきて知る方が、嬉しさもひとしおだろうと、夫とも話していた。由美歌はじっと真弓のお腹を見ながら真剣な面持ちで考え込んでいた。

.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ