夢幻透析

□side KAZUHA/act2
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「一葉‥‥ひとりで何やってんの。近所迷惑」

ぜいぜいと肩で息をしていると、呆れた顔の兄が部屋までやってきた。
3つしか歳は変わらないはずなのに、一葉と兄の零士は仔猫と老猫に喩えられるほどにその性質や雰囲気が異なる。

「‥‥何でもないよ」

「ないわけあるかー。今日お前何だか様子おかしいぞ」

よっぽど今日のファンタジー風味フルコースを吐露してしまおうかと思った。
あんな濃密な体験をした割には、随分正気を保っていられてると思うのだが、傍から見るとそうでもないらしい。
別段、秘密にしておく制約などないが、あんな常識では理解に苦しむ出来事、喋ったら最後、きっと無言で病院に連れて行かれるに違いない。

「なんでもないったらーうるさいなー」

「お前よか静かだ俺は」

自分よりはるかに長身の兄をぐいぐいと部屋の外へ追い出しにかかる。

「はいおやすみッ、お兄ちゃん!」

返事を待たずにドアを閉めると、先ほど勢いよく叩き閉しめたクローゼットに忍び寄り、そっと扉を開けてみる。
開いた扉の内側に備え付けてある鏡には、今度はちゃんと自分の顔が映っていた。
息をつく。

「ああー‥‥明日もこんな感じなのかな‥‥」

相変わらず明日も天気は芳しくないようだし、肉食馬も人魚もこっちの世界にいるし、もしかしたら他の変な生き物だってまだ出くわしてないだけで、一葉の近くにいるのかもしれないのだ。

(もう死に物狂いに走るのは嫌だなあ‥‥)

思い返すとどっと疲労が押し寄せてきて、電気を消すとベッドに潜り込んだ。
まどろみの中、ギアとの会話が明滅する。

『にんぎょ』

そうだ、人魚。あれはどうやってこちらに来たのだろう。

『変な潮流に捕まって‥‥』

涼やかな声が鮮やかに蘇る。
しおの、ながれ。
ぐるぐると渦を描く海のイメージ。目が、まわる。
巻き込まれてわからない。見失う。


ギア。
ギアは‥‥こっちに、これないの‥‥かな。


やがて意識は溶け込むように夢に溺れた。

 
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