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::水晶の眼



 目が覚めて、そのことに戸惑う。

「何故‥」

 おかしいではないか。
自分は確かに死んだはずなのに。
この手で確かに、終わらせたのに。

 辺りを見回すと、真っ白な空間が広がっていた。
上下も前後も定かではない、この空間が死後の世界なのだろうか。

『‥これより審問を開始します』

 不意に無機質な声が響き、わき出るように何かの輪郭が浮かび上がった。
 人に似た形。白い装いは背景に紛れてしまいそうで。
そして服にも負けないほど白い肌には奇怪な紋様が刻まれており、対して髪は夜のように濃い黒であった。
 思わず息をのんだのは、自分を見つめるその双眸が水晶であったからだ。

『その方、自らの死に因って何を望んだ?』

 発せられた声は中性的で、見た目の異様さとは裏腹に柔らかい響きがあった。
 言い回しは堅苦しいが、つまりは死を選んだ理由を聞いているのだろう。

「何を‥って‥俺を理解してくれる人間がいなかったんだ‥だから、生きるのが‥ツラく、なって‥‥」

『ふむ』

 透明な視線は神聖なようでいて、気味が悪くて直視できない。

『何とも嘲笑しな理由で世界を棄てたな』

「‥"おかしな"?」
 
 呆れたような響きで言われたことにムッとして、逸らしていた視線を思わずあげた。

『お前の周りの人間はしっかりとお前を理解していたとも"とっつきにくい人間だ"と』

「‥‥‥」

 言葉を呑む。

『最近多いのだ御前のような輩が。
 御前は理解が必要な程に複雑な生き物なのか、否。
 御前は青写真ばかり見て、それが苦労なく現実に成ると甘い考えを抱いてただけだ。
与えられるのが当たり前だと思っていただけだ。
 周りの人間はそんな御前にいちいち付き合うのが面倒だっただけだ。
 理解してくれない?わかっていたさ、御前に付き合えば疲れるってことは。
周囲の人間は自己の健全な精神状態を守るために、御前に極力関わらないようにするしかなかったのだ。
 わかっていなかったのは御前だ。
 御前が現実の自分自身をわかっていなかった。御前の周囲の人間のジレンマを正しく把握していなかった』

「だけど‥!」

 散々好き勝手に決め付けられて、ついカッなって口を開いた。しかし続く言葉が出てこなかった。
 
『ああ、「だけど」「だって」「でも」か‥本当に御前を含め、その接続詞を多用する輩ばかりだな聞き飽きた。自己を擁護するのに忙しいから周りが見えないのだ』

 反射的に「でも」と言いそうになって、すんでで言葉を飲み込んだ。きっと揚げ足を取られるに違いない。
 それでも何か言い返したいのだが、浮かぶ言葉はすべてそれに準じるものであった。
 目の前の水晶の眼はその様を見て嘆いた。

『嗚呼、文明の発達がこんな弊害を生むとはな‥生活が楽になったものだから人間は余計なことばかりを考える。しかも甘くふやけたことばかりを。
 先刻審問をした輩など"何のために生きてるかわからない"と宣いおった‥軟弱な思考だ』

「‥‥それの、何がいけないんだ?」

 生きる意味、それは自分も見つけられなかった。
 何かのために生きていると実感できたなら、こんなに早く生を終わらせることはなかっただろう。それが支えに、なっただろうから。
 それを目の前の人物は鼻で嗤う。

『嗚呼、根本的な間違いがわかっていないのだな。よいか、御前たちは手段と目的を取り違えているのだよ。
 "何のために生きるか"ではない。
"生きるために何を為すか"だ』
 
 ‥いったい何が違うのか、よくわからなかった。
その様子に水晶の眼は失望を露わにした。

『‥嘆かわしい‥。
 御前にこれ以上説いても無駄だな』

 その透明な眼が細められたかと思うと、瞬く間にその姿は掻き消えた。


『審問終了』

 事務的な声が再び響いた。
 続いて水晶の眼の声が方々から響いた。

『その方、生物最大の目的かつ義務である"生きる"ことを自ら放棄し、輪廻すべき魂の質を貶めた罪は重い』

『魂から派生したその方の意識、いまだに自身の身勝手さに気付かず』

『愚か極まりない』

『よってその方、無限廻廊にて自省を命ず』

 "無限"という言葉に戦慄を覚えた。
どういうことだ、自分はどうなるのだ。

 不意に背後から伸びてきた複雑の手に搦め取られる。その手の冷たく不気味な感触に思わず声をあげた。

『果たして、御前のような浅慮な意識に、自省など可能かなあ?』

 馬鹿にしたような声を最後に聞いて、無限に続く廻廊にひとり放り出された‥。

 これから永遠を歩くこととなる。



 『さて』

水晶の眼を持つ人にあらざるものは、先ほど審問にかけた人間だったものの意識を剥がし残ったもの――魂を畜生道に落とした。

『永く人間道を繰り返したのがいけなかったか。
 常に死が隣り合う世界で生に貪欲になるがよい‥』



【perplexity】困惑
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