*parallel*

□合うと逸らす視線
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「おらよ」


粗雑に渡された弁当。
受け取ると、サンジは俺に見向きもせずに横をすり抜けて自分の席へ戻った。


……なんだ?今の態度は。


普段から愛想の良い奴ではないが(女は別)、いつもと違う余所余所しいサンジの態度に俺は違和感を覚えた。
とはいえ、弁当は作ってくれている訳だ。
機嫌が悪いという事ではないのだろう。


(…まぁ、いいか)


その時は深く考えず、俺も自分の席に戻る事にした。







***


しかし、事態はそう簡単なものではなかったようだ。
二時限目、俺の斜め前の席に座っているサンジが後ろを振り向いた時確かに目が合った。
が、すぐに逸らされた。
四時限目、教室を移動する時も俺を避けるようにしてルフィの所に一直線。
それはもう、あきらかに不自然だ。


話しかけると、かろうじて無視にならない程度に返事を返すだけ。
目が合えば確実に逸らされる。
今は俺から離れた場所でウソップと笑いながら話している。




何のつもりだ、あいつ…




だんだん苛々してきた。
くそっ、こっち向きやがれ!!!



「あんた、なに怒ってんの?」

「あぁ!?」



いきなり話しかけられて思わず不機嫌な声が出る。
見ると、前の席のナミが呆れたように椅子に肘をついて俺を見ていた。


「恐い顔しちゃって、なにサンジ君の事睨んでんのよ」

「…はぁ?別に睨んでねぇよ」

「その顔でよく言うわ」


どうやら苛々していたのが顔に出たのか、自分ではただ見ていただけのつもりが周りからはガンを飛ばしているようにしか見えなかったらしい。

……だとしたら、更に納得がいかない。

普段のサンジなら誰よりも敏感に察知して『誰にガン飛ばしてんだこのクソマリモが!!』くらい言ってくるはず。
それなのにサンジは一切、俺の方を見ようとしない。



「…なぁ、あいつ今日おかしくねぇか?」

「サンジ君?」

「どう考えてもおれを避けてやがる」

「…そうねぇ、そう言われたら私の所にもあんまり来てくれないし。席がゾロの近くだからって事?」



サンジがナミの所に近寄らないというのも、ある意味異常事態だ。
そうまでして俺に近づきたくないというのなら、こんなに面白くない話はない。


「あんた、嫌われちゃったの?」

「そんなわけあるか」


あいつに嫌われるような事をした覚えは欠片もなかった。
だいたい昨日までは普通に接していたのだから、俺が何かしたというのは考えられない事だ。



「何でもいいけど、何とかしなさいよね」

「なんでお前に命令されなきゃいけねぇんだ」



言われなくても、理由が分かれば何とかしている。
それが見当もつかねぇからこうして苛々をつのらせているというのに。
そんな俺の事情はお構いなしで、目の前の女は随分勝手な言葉を並べたてた。


「どうせあんたが悪いんだから謝っちゃいなさいよ」

「謝る理由が分かんねぇってのに謝れるか!」

「だぁってぇ…サンジ君が私をチヤホヤしてくれないなんてつまらないのよ」

「……」

「…なによ」

「お前…」

「それ以上言うと、殴るから」


今の勝手な理屈の中に、何かを予感させる節があった気がする…が。
その問題はひとまず置いておこう。
今はサンジが何故俺を避けているのか、そこを解決する事が先だ。
とはいえ、考えた所で思い当たる事はなにもない。





(仕方ねぇ…実力行使に出るか)







***


下校時間。
がやがやとクラスの連中が席を立つ中、逃げるようにさっさと教室から出て行ったサンジ。
それを追って俺も走る。



「おい!!」

「……」

「おいって!!」

「……」



ついには完ぺきに無視を決め込み始めたサンジに、俺の苛々は頂点に達した。


「テメェ、こっち向け!!」


「……っっ」


手を伸ばして腕を掴もうとした時、サンジは俺の手を振り払い走って逃げた。
あまりの事に対処しきれず呆然と立ちつくす。
そんな俺の肩を、ドンっと誰かが押した。


「バカっ追いかけなさいよ!」

「ナミ…」


全くおせっかいな女だ。
ナミに「わりぃ」とだけ言って俺はサンジを追いかけた。

人の波をかきわけながら、金髪のひよこ頭を必死に探す。
体力には自信があるものの、サンジに本気で逃げられたら追いつくのも一苦労だ。
校舎を飛び出して、辺りを探してみたもののそれらしい金髪は視界に入らない。


「くそっ…もういねぇのか」


そのまま校庭を縦に突っ切って校門を抜けた所で…


「……あ」


居た。
走るのを止めて、とぼとぼ歩いているサンジの後ろ姿が俺の目に留まった。
距離にして約20メートル。
声を出せばまた逃げられると踏んだ俺は、そのまま全力で追いかける。




10メートル



5メートル



俺はサンジを羽交い絞めにする勢いで捕まえにかかった。


「……!!!」


瞬間、飛んできたのはサンジの足。
いきなり回し蹴りとは穏やかじゃねぇ。
咄嗟に両腕でガードして耐えたがこの速さと重さ…随分と本気の蹴りだ。


「…ってぇな、何しやがんだ!!」

「……」


怒鳴る俺をチラリと見たサンジの顔は、怒っているような表情ではなかった。
むしろ何処か寂しそうな…悲しそうな。
いきなり蹴りをいれて来た奴とは思えないその表情に俺は戸惑う。


「…おい?」


声をかけると、サンジはまた直ぐに俺から視線を逸らした。
何も言わずに背を向けて歩き出したサンジの腕を、今度こそ掴まえる。


「…はなせ」

「嫌だ」

「……」

「こっち向け、サンジ」


名を呼ぶと少しだけその肩が震えた。
それでも尚、こちらに丸い後頭部を向け続けているサンジに痺れを切らし、俺は掴んだままの腕を引いた。


「…っちょ」

「何のつもりだ」

「…べつに」

「言いてぇ事あるなら言えよ、テメェらしくもねぇ」


サンジは困ったように眉を顰めて下を向く。
その目に俺が映らない事がこんなに面白くないとは、正直自分でも驚いている。
握る手に力を少しこめると、ぽつりと小さく


「部活…行けよ、サボんな」


と、サンジは言った。
何故今部活の話が出るのか。


「なんだそりゃ…別におれの勝手だそんなもん」

「けど、彼女が…」

「彼女?」


言ってしまって後悔したのか、サンジは『しまった』というように目を見開いて自身の口元を覆った。



「チッ…離せよ、逃げねぇから」



舌打ちをして、サンジは観念したかのようにそう呟く。
だが俺はそれを承諾しない。


「離してほしけりゃ言え。おれはなんで無視されたあげく蹴られなきゃならなかったんだ」

「…それは」


俺はサンジから視線を逸らさない。
そんな俺にいよいよ根負けしたのか、サンジは溜め息を漏らした。


「わかったからそんな凶悪な面で睨むな」

「別に睨んでるわけじゃねぇ」

「……なぁ、ゾロ」

「あ?」


何か思いつめたような低い声でサンジが俺の名を呼んだ。
下を向いてしまったその表情は…分からない。


「お前、さ…おれの事好きなの?」

「…はぁ!?」


先程から思っていた事だが、こいつの話は全く意図がつかめねぇ。
というか今更何を訊きたいんだこいつは。
そう思ったが、よくよく思い返してみれば直接“それ”を言った事は…もしかするとなかったかもしれない。
入学式の日に出会って、それからの流れは『いつの間にか自然とそうなった』というのが妥当。
俺は当たり前のようにこいつの弁当を食って、こいつが傍にいるのが日常になって、だけど他の奴にこいつが同じ事をするのは嫌で。


サンジは自分のものであると、そう思いこんでいた。


「…好きだよ、わりぃのか」


俯いていたサンジが顔を上げた。
その目が俺を映し、揺れる。


「そ、か。あーあ、お前がそれ言うとは思わなかったぜ」

「テメェが訊いたんだろうが」

「そうだけどよ、ここでそれを言いさえしなけりゃお前人生まともにおくれてたと思うぜ?」


ヘラリとサンジが笑う。
そんな自虐的な笑顔は、この男には似合わない。
眉間に皺をよせた俺に苦笑いしてサンジは更に続けた。


「だってさぁ、おれ男だぜ?」

「だから何なんだ…くだらねぇ事言うな今更」

「くだらなくねぇだろ!!」

「おれは女が好きでも男が好きでもねぇ、“お前”が好きなんだから仕方ねぇだろ!!」


そうだ。
好きになっちまったものは仕方がないとしか言いようがない。
俺は自分の人生で選んだ道や、その度に自ら下した決断を後悔した事は一度もないのだから。


「…そうなのか、仕方ねぇのか」

「そうだな」

「はぁ、なんかおれバカみてぇ…心配してやったのに」

「心配?」

「お前さ、気付いてないかもしんないけど結構女の子にモテちゃってるよ?」

「……」


その言葉はそっくりそのままサンジの方に返してやれる言葉だ。
こいつは女にデレデレとしまくる割に自分自身の事となると案外、鈍い。
まぁこいつの場合、女にも男にも…というのが適切なのだが。


「たしぎちゃんとかさぁ、絶対お前の事好きだろ」

「そりゃねぇよ、あいつはただおれに勝ちてぇだけだ」

「馬鹿だなお前、たしぎちゃんかわいそうに」

「…つーか、それで今日ずっとあんな態度だったのか?何がしてぇんだお前」


俺は前々からサンジのこういう所には本気でムカついていた。
仮にあの女がそうだとするなら、何故それを応援するような真似ができるんだ。
相手が女であれば、どんな状況であろうと身を引くというのか。
俺を心配して身を引くというのか。


それとも、お前にとって俺の存在は…所詮それくらいのものだというのか。



「だってよぉ、おれなんかよりあの子のがずっとお前にはお似合いだと思ったし、あの子はずっと前からお前の事ばかり見てるんだ…愛しいじゃねぇか」

「っ…テメェ」

「って、思ったんだけど…それは多分タテマエだ」

「……?」

「おれさぁ、どっかで期待してお前の事試してたんだよ。どんだけ嫌な態度とったり無視したりしてもお前はおれの事嫌いにならないだろうなぁ…とか」


そう言って、サンジは未だその白い腕を掴んで離さない俺の手に、そっと自由の利く左手をそえた。


「逃げたって、こうやって追っかけてきておれは捕まっちまうんだろうな…とかさ」

「…嫌なのかよ」

「はは、嫌じゃねぇから困ってんの」

「困んな、素直に喜んどけ」


今度こそ、サンジはいつものように笑って俺を見た。
俺はこの青く透き通るような目が好きだ。
そこに自分が映らねぇのは、やっぱり面白くねぇしムカつく。




俺は掴んだサンジの腕から指を滑らせ、今度はその掌をもう一度強く握った。



合うと逸らす視線

(余計な事考えてねぇでお前はずっとおれだけ見てりゃいいんだよ)








end

たしぎの存在に気付いたサンジのちょっとした葛藤。
そしてナミとゾロのいい感じの関係性(笑



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