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□桃の節句に満面の笑み
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「雛祭りをやるぞ!」

「え?」

お昼を回った頃、お見舞いに来てくれたスミくんが病室に入ってくるなり叫んだ。
ここは一人部屋なので特に心配する必要もないけど、いきなりのことで何のことか全くわからずに首を傾げると早々と車椅子の準備をしていたスミ君がカレンダーを指さす。

「今日は雛祭りなのだ。みんなで雛祭りをやるぞ!」

「雛祭りをやる?」

「そうなのだ。」

「楽しそうだね。」

「楽しいのだ!」

雛祭りは女の子のお祭りだし、何かをするより見て楽しむものだと思っていた。
何をするのかは全然わからないけど早く早くと急かすスミくんと一緒に病院を出た。
……一応、書き置きはしておいたから大丈夫だと思う。


病院の前に止まっていた高級そうな(実際高級なんだろうけど)車に乗せられて、着いたのは車に相応しい様な大きな家だった。
ぽかんとする俺の車椅子を押しながらスミくんが楽しそうに笑う。
玄関らしき大きな扉まで来たとき、扉が内側から勝手に開いて腕を組んだ九条院さんが出てきた。

「遅かったのね。みんなもう中で待っているわ。」

「おお。全員揃ったのか。」

「えぇ、崇藤君も支倉君に頼んだらちゃんと連れてきてくれたわ。」

「そうか!では早速行こう!そこを右に曲がった突き当りで合っているのだな?」

「えぇ。」

スミ君は九条院さんが返事をするかしないかでしげるーっ!と叫びながら角を曲がって行ってしまった。
何がなんなのかよくわからずに狼狽える僕に気づいたのか、九条院さんが車椅子を押しながら声をかけてくれる。

「急に呼び出して悪かったわね。」

「い、いや、ちょっとびっくりしたけど大丈夫だよ。」

「そう。今日はね、その言葉通り【雛祭りをやる】そうよ。」

「うーん…それがイマイチわからないんだよねぇ…。」

「ふふっ、部屋に入ればわかるわよ。」

「ははっ。そうだね。」

綺麗な絨毯の上を移動していると、目の前にまた大きな扉が見えてきた。
中からスミくんやモトくんの声が聞こえてくる。
叫んでいるような声も聞こえているから何かのゲームをしているのかもしれない。
そんなことを考えながら部屋に入った僕が一番最初に見たのは、半泣きになりながら僕に飛びついてくる着物を羽織ったモト君だった。
僕の表現は間違ってない。
確かにモト君は、学校のジャージを着たその上に昔の貴族が着るような鮮やかな色の着物を羽織っていた。
僕と九条院さんの後ろに隠れたモト君が、大笑いしているスミ君に向かって叫ぶ。

「なんで俺が三人官女なんだよ!」

「うむ、配役がだな…。」

「じゃあ会長でいいじゃん!どうせ一人余るんだからさ!」

「却下だ。」

「ほら、本人がこう言っているのでな。」

「俺だって嫌だあああ!」

「いいじゃないの。栗栖先輩も三人官女よ?」

「あの人はなんか違うだろおおお!!」

「え?」

向こうで着物を着たおばさんにモト君と同じ服を着せてもらっている栗栖さんが不思議そうにこっちを見た。
頭に?マークを浮かべながらもしっかりと着つけてもらっているのがなんだか様になっていて、しげるちゃんがうっとりしたように息を吐いた。

「綺麗ですね。」

「そうかな?こんな服はあんまり着たことがないから…。」

「お似合いですよ。」

確かに、鮮やかな着物を身に纏った栗栖さんはとても綺麗だった。
確かにこれは嫌がるとか嫌がらないとかそういうのより前に、やってほしいと言ったほうが正しい気がする。
金髪が桃色の着物に映えて綺麗に輝いていた。

「ほらっ、モトも着替えてくるのだ。」

「嫌だあぁぁ…。」

栗栖さんを見てスミ君が更に乗り気になったのか、タケマルさんと一緒にモト君を隣の部屋に引きずっていく。
止める間もなく出て行ってしまった三人を見送っていると、やっぱり僕も着替えないといけないのかしげるちゃんが車椅子を別の部屋に向かって押し出した。
うーん、予想はしてたけど…。

「しげるちゃんはお雛様だよね。楽しみだなぁ。」

「え?違いますよ?私は三人官女です。」

「そうなの?」

じゃあ九条院さんがお雛様なのかと考えながら隣の部屋に移動する。
部屋には着物を着た人が五人いて、一斉に取り囲まれてしまった。
失礼します。と頭を下げられて、え、と声を漏らした瞬間に一斉に手が伸びてきて、それからしばらくは嵐のようであんまり覚えていることはない。

気づいた時には僕はお雛祭りに則した格好になっていて、触った布の感触でこの着物が大分上等なものだとわかる。
いいのかなぁと思いながらも同じように着物を着て弓を背負ったスミくんが部屋に入ってきた。

「用意はできたのだな?」

「うん、一応ね。」

「では早くいくぞ!」

スミ君が車椅子を押してくれる向こうで頭を下げているおばさん達に軽く手を振ると、同じように笑顔で手を振りかえしてくれる。
最初の部屋に戻ると、いつの間に組み立てたのかそこには大きな雛壇ができていた。
大分高いはずなのに、それよりもさらに上に天井があって、この家の大きさを実感した。
4m位の高さにある最上段までにはスロープがついていて、まさか、と思っているうちにスミ君はそのまま上にあがっていく。
一番上に用意された場所には、僕が座りやすいように掘炬燵の様に穴が開いていて、ちょうど正面から見ると普通に正座しているように見えるのかもしれない。
着物の高級感でちょっとは考えていたけれど、まさかのお内裏様役でさすがに少し驚く。

一つ下の段ではぐすぐすと鼻を啜りながら栗栖さんとしげるちゃんに慰められているモト君がいた。
タケマルさんもスミ君と同じような服を着ていて、モト君ってすごいと正直に思った。
僕やスミ君が頼んでも、絶対にあの人はこんなことしてくれないと思う。
そうやって部屋全体を見回してから、一人足りないことに気づいた。

しばらく待っても、一人だけ部屋に戻ってこない。
そわそわとなんとなく気持ちが落ち着かなくなってきて、前で話していた栗栖さんに気づかれてしまった。

「どうかした?」

「い、いや…九条院さんはどうしたのかなって。」

「そろそろ来ると思いますけど…。」

「あ、来た。」

モト君の声とほぼ同時に扉を開く音がして、そっちを向いた僕は思わず固まった。

「わ…。」

「………綺麗…。」

「似合ってるよ。」

「うむ、とても綺麗なのだ!」

「あぁ。とてもいいと思う。」

「………。」

「ふふ、ありがとう。」

しずしずとおしとやかに部屋に入ってきた九条院さんが、小さく微笑んでゆっくりと会談を登ってくる。
一歩一歩足を進める、それだけでもいつもより数倍綺麗に見えて、思わず見入りきってしまっていた。
時間をかけて一番上まで登りきった九条院さんが、照れた様に視線を逸らしながらそっと手を差し出してくる。
その手をほとんど無意識に握ると、ぱぁと子供の様な無邪気な顔で笑って、嬉しそうに僕の隣に座った。

「綺麗だね。」

「当たり前よ。特注の着物なんだから。」

「すごく似合ってるよ。」

「…ありがとう。お世辞がうまいのね。」

僕は素直に気持ちを伝えただけなのに、九条院さんは拗ねた様にそっぽを向いてしまった。
でも、それは照れて赤くなってしまった顔を見せないようにするためだとわかっているので九条院さんがもっと可愛く見えてしまう。


「みんな準備はできたな?」

写真を撮るぞ、と会長が仕切って、みんなが自分の配置について正面を向いた。
そのまま写真を撮ろうとした会長だったけど、後ろからメイドらしき人に声をかけられて何かを喋っている。
『ご一緒にどうですか。』的なことを言われたに違いない。
最初は少し渋っていた会長だけど、ちらりと栗栖さんの方を見るとメイドにカメラを託して雛壇に上ってきた。
会長が栗栖さんの隣に正座したのを確認してから、定番の掛け声とともにシャッターを切る音がした。



「誕生日、おめでとう。」

「……知ってたの?」

「うん、さっき栗栖さんに聞いたんだ。」

「そう。」

「何も用意できてなくて、ごめんね。」

「いいわよ、誕生日なんてそんなに大した日じゃないわ。」

「僕ね。今、すごくうれしいんだ。」

「?」

「だって、九条院さんが生まれてきてくれた日なんだよ?」

「……そう。」

「生まれてきてくれて、ありがとう。」

そう言うと、また君はほっぺたを赤くして少しだけ笑うんだ。

「…どういたしまして。」

「うん。誕生日おめでとう。」

誕生日おめでとう。
生まれてきてくれて、僕と一緒にいてくれて、ありがとう。
きっときっと、君を幸せにしてみせるからね。

「はい、チーズ!」






『どうして勝手に病院を出たりしたの!』

『もし何かあったらどうするつもりだったのかね。』

あの後、病院に戻った僕は当然の様に怒られてしまった。
一緒に病院までついてきてくれたスミ君やモト君や九条院さんがいろいろ言ってくれたけど、結局二週間の面会拒絶が今回の罰となった。

「本当に、今回みたいなことはもう二度とないようにしてね。」

「うん、わかってるよ。心配かけてごめんね。」

二週間なんて全然さびしくないや。
サイドテーブルに置いた写真立ての中の九条院さんと僕は、とても幸せそうに笑っていた。
とりあえず、みんなにお礼の手紙を書こうと思う。


【桃の節句に満面の笑み。 終】



 
 

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