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□不器用でも精一杯のありがとうを。
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いつものようにスミオから電話がかかって来る。
いつもと違ったのは、スミオが今にも泣き出しそうな声だったことだ。
『モト〜…。』
「うわっ!ど、どうしたんだよ…?」
『明日はホワイトデーなのだ!』
「え?…あぁ、そういえば…。」
『俺はしげるに何をすればいいのだ!?』
そんなこと言われても、スミオと同じくバレンタインデーという行事すら知らなかった俺が何をしたらいいか分かっている訳がない。
しかも、あの時はまだ謎の急成長(結局まだ原因は分かってない。祀木さんがいろいろ調べてくれてるみたいだ。)の前だったから何も考えずにしげるさんやひぃちゃんやクリスのお菓子を貰っていた。
とりあえず家の外から電話をかけているスミオと会うことにして電話を切った。
新しく買ってもらったコートを着て隣の部屋を覗き込む。
タケマルさんがまだ寝ていることを確認して静かに扉を閉めた。
何か用事があったのか朝方に帰ってきたタケマルさんは疲れた顔をしていた。
元々あまり喋るような人じゃないけれど、話すことすら億劫そうにしながらすぐに眠ってしまった。
俺が隣で寝ても起きないし、いつもなら少し声をかけただけでも起きてくれたのに今日は眠ったままだった。
少し寂しいと感じてはいても、疲れているタケマルさんを見ているのも辛いのでずっと一人でテレビを見ていた。
そういえば、ホワイトデーの話ばっかりだったなぁと適当に見ていたバラエティー番組を思い出しながら新しい靴を履く。
フードをしっかりと被ってそっと家を出た。
「いってきます。」
スミオと約束していた公園に行くと、車椅子に乗ったアルも来ていた。
ひらひらと手を振る二人に近づくと、スミオがいきなり肩に手を回してきた。
突然の衝撃で身体が揺れたけれど、ぐいっと身体を引き戻される。
「ホワイトデーだ!」
「それさっきも聞いたけど…。」
「アルが言うには、お菓子や小物をプレゼントするらしいぞ。」
「クリスさんが教えてくれたんだ。」
「へー…。でも俺、お金なんて持ってないぞ?」
「うむ…それが問題なのだ…。」
「僕は一応持ってるけど、ひいなさんにもらったお金だし…。」
困った。
最初から行き詰まってしまった。
お金がないことには何も始まらない。
小さい時なら花でも摘んでいけば喜んでくれたかもしれないけど、そんなことじゃごまかせないぐらい俺達は大きくなってしまった。
もう少しだけ遅ければよかったのに、なんて原因も理由もわからない成長に文句を言っても仕方ない。
でも、沈んでいく心に逆らえず大きく息を吐き出した。
「…スミオ、どうするんだ?」
「うむ…。しかし、何もしないのはだめだ!」
「そうだね。何か出来ることないかな…。」
腕を組んで考えてみても中々良い案は浮かばない。
そんなことをしている間にだんだんと日は暮れてきてしまっている。
「…花とか…。」
「うん…でも、今はそんなに咲いてないし…。」
「だよな…。」
最後の手段も無理そうだ。
今度こそ打つ手が無くなったと三人で頭を抱えていると、聞いたことのある声がした。
「何をしているんだ?」
「あ、ジロウ!」
「祀木さん。」
「こんにちは。」
買い物の帰りなのかスーパーの袋を片手に持った祀木さんが近づいて来る。
何をしていたかと聞かれて秘密にする理由もないので素直に訳を話すと、ふむとしばらく考え込んだ後で頭を撫でられた。
「?」
「花でもなんでも、気持ちが篭っていればいいと僕は思う。自分の気持ちを素直に伝えてみるといいんじゃないのか?」
優しく頭を撫でる手が気持ち良い。
そうだなと大きく頷いたスミオが久しぶりに(実際はそんなに時間は経っていないけど)笑顔を浮かべた。
いいのかなぁと考えているとアルが手を握ってくれた。
「じゃあ明日はみんなで御礼参りだな!」
「御礼参り!?」
「スミくん、使い方間違ってるよ…。」
「そうなのか?とりあえず明日は一度アルの家に集合だ!」
「分かった。」
「うん。」
「解決したみたいだな。」
じゃあ、と片手を挙げて帰っていく祀木さんにみんなで手を振る。
最初は怖そうな人かと思っていたけど、動物が好きだったり優しかったりいい人だ。
そのことをクリスに言ったら苦笑されてしまったのを覚えている。
でも、たまにあの人にはタケマルさんとは少し違った恐さがあるから仕方ない。
日がほとんど沈んでしまったのでアルを送って行くと言ったけれど、迎えに来てもらうからと断られてしまった。
「また明日な。」
「また明日。」
「うん、また明日。」
公園でアルと別れて、近くの十字路でスミオとも別れる。
真っ暗になってしまった道を駆け足で進んでいると、角を曲がったところで見慣れた背中が見えた。
コートの裾がひらひらと靡く。
「タケマルさんっ。」
「…何処に行ってた。」
「え…スミオと、公園に…。」
「……そうか。」
そう言って歩きだしたタケマルさんの後ろ姿を見ながら歩きだす。
その背中がまだ疲れているみたいに思えて、隣に並んでそっと顔を覗き込むと目の下が黒くなっていた。
「…眠い?」
「あぁ?」
「ごめんなさい。」
目が合って小さく尋ねると、軽く睨まれて慌てて口を閉じる。
なるべく顔を見ないように前だけを見ていると、すっと腕が伸びてきて頭を撫でられた。
祀木さんとは違う少し力強い撫で方が気持ちいい。
「タケマルさん。」
「なんだ。」
「……。
ぁ、りがと…。」
「…?」
「な、なんでもない!早く帰ろ!」
聞こえなかったのか不思議そうにするタケマルさんを見て、ぶわっと羞恥心が沸き上がってきてごまかすように走り出した。
「(きょ、今日は、練習。)」
そう言い訳して後ろを振り返る。
訳がわからないという顔をしていても小走りで追い掛けてきてくれるタケマルさんがいて、少しほっとした。
明日は、ちゃんとみんなに言えるんだろうか。
【不器用でも精一杯のありがとうを。 終】