10/22の日記

22:20
めだ箱日記連載小説3/子供はお父さんよりお母さんが好き
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子どもたちが攫われた。
ひめじと、良吉と、阿久根先輩のところの子供たちもだ。
唯一良かったことと言えば、めだかちゃんが日本にいなかったことぐらいか。


「もがなさん、そっちにはいたかい?」

「いないよ。第一公園にもいなかった」

「宗像さんたちは?」

「収穫なしだよ」

「いろんな人に聞いて回ったけど、ここ三時間はあいつらを見た人はいないらしいですよ」

「そうか…じゃあやっぱり攫われたとしか…」

「夭歌には伝えたよ。多分、そろそろ連絡が来るんじゃないかな」

そう言った瞬間、俺のポケットに入れていた携帯が震えた。
開くと、液晶画面にはただの毒舌にしか見えない叱咤激励と、子供たちがいる場所の住所が記されていた。

『バカ兄貴が言うには、さっき現金3億円を要求する電話が来たらしい。調べさせたたら掴んだのはこの間の総会で黒神グループに入れてもらえなかった弱小企業の尻尾だ。別に無くなったって構わねぇ。潰せ』

「うわー…相変わらず物騒なこと書いてるね。高貴くん、私は家で待機してればいいかな?」

「ああ、そうだね」

「うん。ご飯用意して待ってるからちゃんと潰してきてね」

「もちろんだよ」

あんたたちも十分物騒な会話してるよとツッコミを入れたかったが、今はそんな時でもないので喉の奥に押し込める。
宗像さんにも阿久根さんの家で待っていてもらうことにして、俺と阿久根さんは書かれていた住所が示す場所に急いだ。



ドラマでよく見るような広い倉庫の中には、夭歌さん曰く【弱小企業】に雇われた怖い顔の男たちがひしめき合っていた。
子どもたちの泣き声は聞こえない。
とりあえず全員をなぎ倒して奥の部屋に進む。
捨て台詞を吐こうとした男がいたが、そんなことを聞いてやるつもりはなかった。



「夏乃!香都子!ののか!」

「ひめじ!良吉ー!」

まだ声は聞こえない。
めだかちゃんなら、どんな小さな声でも聴きとってやれるだろうに。
それがもどかしくて歯痒い。

重い鉄の扉を、道を塞いでくる男たちを、阿久根さんと二人で蹴り、殴り、破壊していく。
最後の部屋の扉を、思い切り蹴り飛ばした。

「なっ…!あいつらは一体何をしてるんだ!?」

おたおたと脱出の準備をする男たちの後ろで、泣くこともできずに恐怖に震える子供たちがいた。
怒りに震える俺達に気づくことなく、首謀者だろう男が声を張り上げる。

「ちっ、交渉は決裂だ!近づくなよお前ら!両手をゆっくり上に挙げろ。妙な真似をしたら、餓鬼の命はないと思え」

拳銃の安全装置を外す音がする。
腕を拘束していた縄を外されて、俺たちの前に引き出されてきたのは、普段と同じような顔をした良吉だった。

「へへっ…さすがに、会社よりは人名の方が大事だろ…?今なら五億でこいつら解放してやるからさっさと連絡しな」

五億。
一人辺り一億で帰してやるとでも言っているつもりなのだろうか。

人間一人の命がお金と引き換えになるものだと、本気で思っているのだろうか。

「…いいだろう。本部に連絡する」

そう言って出ていこうとする阿久根さんを、良吉に銃口を向けている男が止めた。

「今ここで電話しろ」

「ここじゃ電波が…」

「一本ぐらい立ってるだろう」

早くしろと銃口を突きつける男に、阿久根さんが顔を歪めた。
仕方ないから警察に事情を話して包囲してもらうつもりだったんだろうが、それも叶わないらしい。
緊迫した空気に触発されたのか、良吉を除く子どもたちが一斉に泣き出した。

「…阿久根さん、俺にやらせてください」

じっとしている良吉を見ながら、囁く。

「……わかっているのかい?今一番危険なのは…」

「大丈夫です」

「あーもううるせえな!黙れよ餓鬼ども!おいお前、さっさと電話しろ!」

「待ってくれ」

「ああ?」

今まで会話に参加しなかった俺がいきなりしゃべりだしたので、男は訝しげに眉をひそめた。
それも気にせず話を続ける。

「他の子供たちを解放してほしい」

「…ははーん。わかったぞ、どうせ殺されても最小限の被害に抑えようってか。そんな作戦無駄だ。無駄」

「あんたが銃を突き付けてるそいつは、俺の息子だ」

「……お前正気かよ」

阿久根さんにもそう思われただろう。
自分の子供を進んで人質にするなんて、頭のいかれた奴だと思われただろう。

「…解放してやれ」


でも。


「良吉っ…」

「ひめじちゃん、こっちに」

「だめ!良吉が…」

「いいから」

良吉向かって腕をばたつかせるひめじを見て、良吉がちょっとだけ唇を動かした。
大丈夫、声は聞こえなかったが、多分そう言ったんだろう。



「(良吉、呼べ。俺を、呼べ)」

呼べば助けてやる。

絶対に怪我なんてさせない。

だから呼べ。

我慢しなくていい。

泣いたっていい。

だから、呼べ。

俺でも、めだかちゃんでも、誰だっていいから。

「(呼べ。助けを求めろ)」

お前が気づいてないだけで、無条件でお前を助けてくれる奴はたくさんいるんだ。

阿久根さんが完全に子どもたちを別の部屋に避難させた。
また張りつめた空気が流れる。

「…さ、今度こそ本部に連絡を…」

「……――」

「あ?」

小さく震える良吉の唇が、動いた。


「……お、とう…さ…っ…」


「応!」


地面を思い切り蹴って男の視界の外に回り込む。
拳銃を持った手を蹴飛ばして、奪った銃から弾を抜き取った。
途中で部屋に入ってきた阿久根さんが、逃げようとする男たちを投げて絞めて効率よく気絶させていく。

「こ、のっ…!」

俺に蹴り上げられた手とは逆の手で小銃を構えた男は、俺ではなく座り込んでいた良吉に向けて引き金を引いた。

最大限の力で前に飛ぶ。
良吉を抱きしめて壁際まで転がった。

いくつかの発砲音が響いた後、男のうめき声が聞こえた。
どうやら阿久根さんが男を取り押さえてくれたらしい。

「大丈夫か、良吉。…おいよしき」

「大丈夫かお前たち!」

「めだかちゃん!」

「めだかさん!どうしてここに…」

窓から文字通り部屋に飛び込んできためだかちゃんは、一番に目に入った良吉を俺の手から奪うようにして地面に立たせ、怪我がないことを確かめる。

「良吉、どこも痛いところは無いな」

「うん」

「そうか」

「めだかちゃん、ひめじはそっちの部屋に…」

「良吉よ」

しゃがんで良吉と視線を合わせためだかちゃんは、いつになく厳しい口調で良吉の手を握った。

「言わなければ、何も伝わらないのだぞ。何も言わずに、相手が自分の痛みを理解してくれるはずはないのだ」

きょとんとしていた良吉の目が、潤み始める。
ようやくかとほっと胸を撫で下ろした。
相変わらず、めだかちゃんは良吉を泣かせるのがうまい。

そう思いながら、普段からは想像できないぐらい大泣きする良吉の頭を撫でた。

「こわ…こわ、かった…いきなりっ…くろ、い、ふくきたひとが…っきて…て、しばられて…」

「そうか、そうか」

「みんな、ないちゃうし…ひめじちゃん、も…ないてて…ぼくがっ…ないちゃ…だめ…だから…っ」

「我慢したのだな。えらいぞ」

「ひぐっ…お、とうさ、んが…きて、くれてっ…」

「ほう、そうか」

「わるいひと…けってくれたっ…たすけて、くれたっ…」

「…本当はな、私も助けにいきたかったのだぞ」

「お、おかあさんも、きてくれた。うれ、しい」

「…――っ…!善吉!」

「あーはいはい、存分に抱きしめてやれよ」

もう我慢できないと俺を見るめだかちゃんに頷いてやる。
途中でひめじや阿久根さんの子たちも部屋に入ってきた。
大泣きする二人の子供を抱きしめて、めだかちゃんは楽しそうに笑っていた。


「……やっぱり、母親が一番なんですかね…」

「なにがだい?」

「あんたのとこは例外ですけどね」

「?」


子ども三人を抱えている阿久根さんがうらやましいなんてことは、ない。



―――――――


阿久根さんちの子供たちを出せて満足です。

めちゃくちゃながい…。


  

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19:25
めだ箱日記連載小説2/子供に甘い女たち
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「……いっつも思うんだがよぉ…」

「なんですかお姉さま」

「お前、身内に厳しい設定どこいったんだ」

「?何のお話です?」

「いや、何も?」

「こんにちわようかおばさま!」

とてとてと走っていくひめじちゃんを見送りながら和室に入る。
あと三時間はリビングには入れないだろう。
どうも女同士の会話に混ざるのは苦手だ。

「そういえば、そんな設定もあったね」

「なんで過去形なんですか」

そう言って抱えていた良吉君を降ろした善吉君が畳の上に座り込んだ。
良吉君はすぐに本を開いてじっと文字を目で追い続けている。

めだかさんに似て教えればなんでもできるひめじちゃんとは違って、良吉君は教えてもらうだけでは実践には移せない。
それが普通の五歳児だと思うんだけど、良吉君はそれが我慢できないらしい。
遊ぶこともせず、いつも何かを学ぼうとしている。
善吉君の子供らしいと言えば、そうなのだけど。

「あいつが甘いのはこいつらだけですよ」

「へぇ」

「良吉、本置いて夭歌さんに挨拶してこい」

「うん」

閉じた本を置いて部屋を出て行く良吉君を見送って、意地悪だねと呟くと自分でも思っていたのか善吉君が言葉をつまらせた。

「多分、二時間は帰ってこないよ」

「いいんですよ、めだかちゃんもひめじも喜ぶし」

「そうだね。夭歌も良吉君のことを気に入ってるみたいだ」

「…結局、あの人も身内に甘いんじゃないんですか」

「めだかさんほどじゃないよ」

「そうですかね」

畳の上に置かれた本を手に取る。
その分厚さですでにわかるが、内容はやはり五歳児が読むようなものではない。
理解しようとしているのではなく、必死に脳に情報を詰め込もうとしているように見えるのは善吉君も同じらしい。

「いくら欲しいって言われたって、【勉学に励むのはいいことだ!】なんて言ってこんな本ほいほい買い与えることが、こどもを甘やかすことは思いませんけどね」

「そうだね」

どうしてこんな本を読みたがるのかという疑問もあるが、買い与えてしまうのもどうかと思っている。

やりたいことをやらせてあげるのは確かにいいことだけど。


「ひめじは無茶はするけど無理はしません。でも、良吉は無理も無茶もします」

俺の持つ本の背表紙を眺めながら、善吉君は呟き始める。

「めだかちゃんは、あいつらのことを止めもしませんけど。擦り傷一つだって、俺はつけて帰ってきてほしくない」

「でも、俺がそんなこと言ったら、本当に何の怪我もしないように無理すると思います。それじゃ普通じゃないじゃないですか」

「だから、めだかちゃんが叱らない分まで俺が叱るんです」

「叱られて、泣いて、遊んで、怪我して、泣いて、慰められて、笑ってくれれば、それでいいんですよ」


そこで我に返ったのか、変なこと言ってすみませんと頭をかく善吉君に本を渡す。

「うん、いいと思うよ」

とても普通で、とても平凡な願いだ。
夭歌のお腹も随分大きくなった。
俺も、そんな当たり前を自分の子供に与えられる父親になれるだろうか。


――――――――

宗像夫婦が書けたので満足です
 

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