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□ダメ執事と御曹司
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警備の詰め所へ赴いたザンザスの姿に、そこに集う連中が驚き、ざわめいた。各々が立ちあがり、姿勢を正し、礼をする。だがそこに敬意などこめられていないことを、ザンザスはよく知っていた。

代替わりしたばかりのこの城の主は力こそあるが、まだ十五歳だ。所詮子どもじゃないかと、内心では誰もが侮っている。

妻を娶ることのなかった先代の縁者は、三歳で手元へひきとったこの『隠し子』の少年だけだが、先代が彼に譲ったのはこの城と、個人資産や私設軍隊だけだ。統べていた強大な権力を持つ組織は、まったく別の人間へと委ねられている。

そんな経緯もあり、彼らがザンザスに従っているのは、ただ払いのいい職場を失いたくないのと、先代への恩義からだけだった。

慌てふためく室内の様子を見えぬもののように無視し、ザンザスはぐるりと見まわして目当ての人物を捜した。

(――いた)

奥まった壁際でただ一人、こちらに背を向けたまま平然としている姿があった。ひどく目立つ銀の長い髪をもつ、長身で細身の男だ。
彼は室内の騒ぎにもまるで知らぬふうだが、気づいていないはずがない。気づいて、無視しているのだ。

「おい、そこの」
「なんですかお坊ちゃま」

案の定、声をかけるとすぐに返事があった。そうして、わざとらしくゆっくり、上半身を捻ってザンザスへ目を向けてくる。
暗蒼色の大きな瞳に吊りあがった眦と長い睫毛、高い鼻梁の下には薄い唇があり、端的に言って綺麗な男だ。だがその冷たく冴えた容貌を気づかせないほど、この男の表情は豊かで、少しもじっとしていない。

「ちょっと来い」

さきほどの態度からして反抗するかと思ったが、男は意外なほどあっさりとついてきた。
長い廊下を歩きすぎ、庭を横切って人気のない四阿へ向かう。態度や言葉は粗野で雑であるくせに、男は足音一つたてない。
足音などしなくても、男があとをついてくるのは気配ではっきりとわかるが、おそらくはその気配さえ、必要とあれば消し去れるはずだ。
敢えて気配を感じさせているのは、敵意はないという意思表示だろう。

四阿へ着くと、ザンザスは足を止めた。ふり向くと、やはり男もその場で立ちどまる。

「おまえ、名前は」
「スクアーロと申します。以後、どうぞお見知りおきを」

言葉ばかりは丁寧だったが、軽すぎる口調がそれを裏切った。

名前など、本当は訊かずとも知っている。先代がこの男を連れてきた際、ずいぶんと話題になったのだ。弱冠十四歳で、当時、剣帝と謳われていた男を倒してみせたのだ。
男は細身の外見からは想像できないほどの、常人離れした身体能力を持つ、当代随一の剣の使い手だった。

「スペルビっていうんじゃないのか」
「よくご存じですね。ありゃ渾名ってか、二つ名みたいなもんですよ」
「二つ名?」
「ああ、そうですねえ、『暴れん坊将軍』の『暴れん坊』みたいな」
「なんだそれは」
「詰め所で見てた、ジャポネの番組ですが」
「…………」

この男と対峙していると、抱えこんだ鬱屈や秘めた決意が莫迦ばかしくなってくる。ザンザスは一瞬、もういいと放りだして帰ろうかと思いかけたが、それでもその場を動かなかった。
ここを去りこの男を放っておくには、好奇心と、我が身に抱えた願いが大きすぎる。

「昼間、なにしてやがった」

俺が見ていたのを知っていただろう。ザンザスが指摘すると、スクアーロは小さく肩を竦めた。

「ダーツですよ。知りませんか」
「知ってる」

にやりと笑ったスクアーロは、ザンザスがなにを訊ねたのかなどわかっていると言いたげだ。それでも話をはぐらかしたのは、こちらから切りだすのを待っているのだろう。

(……ったく)

ザンザスは小さく舌打ちし、しかたなく話を続けた。

「先代の顔を的に貼ってただろう」
「はは、見られちゃいましたか。んなこと見られたんじゃ、俺はクビですかね」
「それはあとで決める。どうしてあんなことしたんだ」
「決まってるでしょう。嫌いだからですよ」
「どうしてだ」

それが、訊きたい。はたして、ザンザスの希望する答えかどうか。

スクアーロは真面目に答えるだろうか。五分五分だろうと思っていたが、彼はわずかに首を傾げ、躊躇いもなく口を開いた。

「俺は、どうも育ちがよくないもんで。なーんもわかっちゃいないくせに、ぜんぶ知ってるみたいなツラして善を説く野郎ってのがいけ好かないんですよ」
「じゃあ、どうして雇われた」
「金払いがいいからに決まってるでしょう。他に理由ありますか? ま、退屈してたってのも本音ですけどね。あっちは俺のことなんざ知りゃしないのに、俺にだけ好意だ尊敬だなんぞ求めようってのは、ちょっと図々しいんじゃありませんか。あぁ心配なさらずとも、もらった金の分の忠誠はちゃんと誓いますって。――ただし、俺の気持ちは俺の自由だ」

そんなモンまで売り渡せるほど、高い給料はもらってませんよ。スクアーロは言って、面白げな表情でザンザスを見た。こちらの反応を量っているらしい。
望みどおりの答えだった。わざわざ、人のいない場所で話をした甲斐があった。

「おまえの心からの忠誠ってのは、どうすりゃ買えるんだ」
「そうですねえ。そりゃ、俺がその人をどう思ってるかってこと次第ですね。膝をつく価値があると思えば、腕だろうが命だろうがくれてやりますよ」

あとはこの男が、ザンザスをどう思っているかだ。試してみる価値はある。誰かの忠誠など、ザンザスがもともと持ち得ていないものだ、失敗したところで、問題はない。

「わかった。――おまえ、俺の直属になれ。スペルビ・スクアーロ、今日からおまえは俺が雇う」

反応を待つザンザスのまえで、スクアーロはにやりと笑った。そうして彼は身体を屈め、日ごろの態度とは裏腹な優雅な仕草で、おごそかに地面へ膝をつく。

「仰せのとおりに」

銀髪の守り神は腕を胸のまえで曲げ、ザンザスへ向けて深く一礼してみせた。
END
 

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