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□お題002:「昼のキッチン」「信じる」、「手錠」
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先日、スクアーロは並盛の丘陵地を買いとり、家を建てた。ヴァリアーでもボンゴレでもなくスクアーロの個人名義で、頻繁に日本へ滞在するため、毎回のホテル暮らしにうんざりしたからだ。
出入りを見られるのも気にいらないし、炊事洗濯掃除などを赤の他人に任せるのもおちつかない。異変はないかといちいちチェックするくらいなら、はじめから自分以外誰も入れない、触れられない場所にすればいい、と思いたったのが動機だ。

使うのは自分一人だけだからとこぢんまりした建物で、家具も設備もごく簡素だ。安全な場所で食べて寝られれば充分だから、警備システム以外に必要なものは特にない。
たまに顔をだすのは山本武くらいで、押しかけ弟子はスクアーロとほぼ同類、毛布一枚で床に転がってでも寝られるから問題はない。

――はず、だった。

発端は久しぶりの休暇だ。
白蘭が起こした騒動の後始末も一年近くを費やしてようやく一段落、組織の立てなおしやら小さい反乱やら混乱しきったボンゴレ本部もおちつきをとり戻し、忙殺されていたヴァリアーもスクアーロも、しばらくぶりの休暇をとれるようになった。

この際だから長めの日程でゆっくりしよう、どうせなら日本へ行って温泉三昧、戻ったはずの山本武の顔でも拝み、ついでに剣を交えてくるか、などと暢気な計画をたて、主に申請をだしてみた。
今までなら、呆れられつつも申請は通った。けれど、騒動の終わりちかくにスクアーロがしでかした事態のせいで、不安材料はなくもない。
却下されるのも覚悟の上で、おそるおそる提出したその書類は、驚くほどあっさりと受理された。だが、条件が一つ。

「あんたも行くだぁ?」

どんな気まぐれか、主までが同行すると言いだしたのだ。

「悪いか」
「悪かあねえけど、なにしに行くんだあ?」

黒檀の執務机で山積みの書類を処理していた主が、ふっと顔をあげた。主から見あげられるこの角度が、実は苦手だ。隠しごともなければ悪いこともしていない(たぶん)のに、どうも叱責されるような気がする。

主は口下手ではなく、その気になれば交渉ごとも完璧にこなすくせに、ふだんは億劫がってあまり口を開かない。黙っているほうが効果的なのだとも、知っているのに違いない。
黙ってじっと見咎められると、なにを考えているのだろうとこちらが狼狽えてしまうのだ。長く傍に仕えるスクアーロでさえこの調子なのだから、幹部以外の隊員など、主のまえでは硬直しきって、挨拶するのが精一杯というていたらくだった。

「紅葉狩り」
「へっ!?」

主が告げた一言があまりにも意外で、意外すぎて一瞬、なにを言われたのやらわからなかった。

「今ごろがちょうどいいんだろう」
「あー……、そう、だったか?」

そういえば、日本の連中がそんなことを言っていたような記憶が、微かにある。
日本では紅葉を愛でに行くのを紅葉狩りと呼ぶ。なにかの折りに山本武に聞いたのだが、スクアーロは「葉っぱなんか見て楽しいのかあ?」と真顔で訊ね、横にいた主を絶望させた。
山本はああ見えて案外と花鳥風月とやらを理解している。家業が寿司屋なのでガキのころから教えられたのだと言っていたが、寿司と景色がどう繋がるのか、未だにスクアーロには理解できない。
風流という単語とスクアーロとはまったく縁がない。情緒がばさばさしすぎなのよと断じたのはルッスーリアだったが、スクアーロを知る周囲の誰もが同じ認識を持っている。

「てめえはどうせメシ食って得物ぶんまわして終わりだろうが」
「おぉよ。春と秋は特に食いモン美味えからなあ」

美意識に長けた主に、この手の話題で呆れられるのもため息をつかれるのも毎度のことで、今さらへこんだ態度など表さない。もう開きなおるのが肝要だ。

「……準備しておけ」
「わ、わかった」

紅葉狩りとやらに、つきあわされるのだろうか。退屈なのはともかく、また間抜けなことを言って主に使えないという表情を向けられるのは、かなりせつない。

これはもう、黙っているのがいちばんよさそうだ。ずっと黙っていられるかというとかなり難しいのだけれど、主を呆れさせないためには、それしか方法がない。

(に、してもなあ)

休暇中の旅行を却下される可能性は考えていたものの、こんな展開とは意外すぎる。
葉っぱごときを見に日本まで行くという主が、やっぱりとても謎だった。
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