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□お題003:「早朝の屋上」「幸福になる」、「ラーメン」
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「うわ、すっげ冷えるなあ」

屋上にでると、風がひどく冷たかった。スクアーロはぶるっと身体を震わせ、冷えて攣らないように気をつけながら、ゆっくりと手脚を伸ばす。
つい数日まえまでは猛暑で寝苦しいと呻いていたのに、季節は急激に移りかわった。朝晩など涼しいというよりすでに寒くさえあって、日本支部の連中が寒い寒いと大騒ぎしていた。

そろそろ、隊服も冬用に変えたほうがいいか?

現在着用しているのは、街中であまり目立たないようにと配慮された、「私服風隊服」だ。私服とどこが違うのかといえば、あちこちに施された仕掛けだ。ヴァリアーのエンブレムもごく小さく、目立たないように縫いつけてある。

眠気を吹き飛ばそうと屋上へ来てみたのは正解で、ぼんやりしていた頭が一気に覚醒する。

なんだって日本まできて書類仕事なんだかなあ。

これが本来任務である暗殺なら、二晩だろうが三晩だろうが徹夜していても眠くならない。けれどスクアーロに与えられたのはデスクワークだった。日本語で書かれたそれをイタリア語に翻訳して本国へ送り、戻ってきたイタリア語の文言をまた日本語へ直すという、誰がやってもいいような仕事を押しつけられてしまったのだ。

爆弾小僧だってイタリア語読めるんじゃねえかよ。なんで俺が。

当然、文句は言った。今回の任務はあくまで主の護衛であって、雑用をするためにはるばる海を渡ってきたのではない。けれど総本部の長老どもからの極秘文書は主と沢田綱吉以外、目を通すことを許されない。

ありゃ、沢田綱吉への嫌がらせだろうが。

沢田綱吉がイタリア語を読みこなせないと百も承知で、わざわざイタリア語での会話を望むなど、嫌がらせ以外のなにものでもない。彼が異国人であり、しかもイタリアの総本部に行きたがらないのに腹をたてて、こんな姑息な嫌がらせをしかけてきている。

今回のトップ会談だって、本来なら電話ですんだ。ボンゴレの秘匿回線を使えば、なんら問題はなかったのだ。それを総本部の連中が横から口をだしてきて、自分たちも状況を把握する必要があるから参加させろ、イタリアでやれ、などと言いだしたから面倒な話になった。

ザンザスやヴァリアーはもとより十代目の沢田綱吉までが、九代目の側近たちをないがしろにするのが面白くないらしい。老いさらばえて小煩く邪魔をするだけのジジイどもなど、役にたつどころか邪魔にしかならないというのにだ。

十代目とはいえ、まだ代替わりしてさほどの時間は経っていない。組織のことすらろくに知らない青年を侮り、彼がおとなしいのをいいことに、本来はへりくだるはずの相手を莫迦にしているのだ。

あんま、怒らせねえほうがいいと思うけどよお。

平素はおとなしいからといって、芯まで従順とはかぎらない。表面だけで判断するなど浅薄にすぎる。もっとも本国の煩い連中がどうなろうと、スクアーロには関係ない。長老どもにはスクアーロ自身もいい記憶などほとんどなくて、あとで彼らが吠え面をかくなら万々歳だ。

それはともかく。現状困りはてた沢田綱吉は、スクアーロの主に泣きついた。いつもなら放っておくだろうが、今回ばかりはそうもいかない。書類が決済されないかぎり、こちらの仕事も進まないのだ。そうして主はスクアーロにその任を押しつけた、という顛末だ。

『俺だって格下だぞぉ』

自分はあくまでヴァリアー副官、トップしか閲覧を許されない書類を見られる立場にはない。一応、抗弁はしてみた。けれどスクアーロの主はその程度で揺らぐような人間ではない。毎度ながらに鼻で笑われ、「俺宛にくる書類はぜんぶ、てめえが確認してるだろうが。いつもと同じだ、関係ねえ」と一蹴されて終わりだった。

主の命令、その上、沢田綱吉に丁寧にすみませんと頭までさげられてしまっては、もはやスクアーロに断る権利などどこにもなかった。

詳細な現状レポート、立案された作戦。今後の展望まで、総本部が望むような形で望むような文言を使って書類をつくりあげるのは、いつもヴァリアーでしていることだ。雌伏していた八年間で学んだことは伊達じゃない。自棄気味で完璧な書類をしあげ、気がつけばもう朝だった。

ぎい、と背後で軋んだドアの音がした。気配は主のものだ。はたして、「なにしてやがる」と憶えのある声が聞こえた。

「なにって、眠気覚ましだあ。誰かさんのおかげで徹夜するはめになっちまったからなあ」
「そりゃてめえがトロいからだろうが」
「ざっけんな。ああいうのは時間がかかるんだよ」

主は今までずっと起きていたのか、それとも起きたばかりだろうか。この男が起きぬけに動きまわるとも思えないので、おそらくは寝ていないのに違いない。

「ボスさんはどうしたあ? 眠れねえか」
「寒ィ」
「あーそーかよ」

「毛布が一枚足りねえ」

言って,主がスクアーロの髪をひっぱった。

「……俺ぁ毛布かよ」

スクアーロは見た目に反して体温が高い。夏など、口の悪いベルフェゴールに「クソ暑ぃから傍にくんな」と言われてしまうくらいだ。

「帰って寝るぞ」
「そのまえに、すっげえ頑張った真面目な部下に褒美の一つくらいくれてもいいんじゃねえのかあ?」

ねぎらいの言葉など期待していない。まして褒美などこの男が寄越すとも思えない。ただの軽口で、疲れたし大変だったという意思表示がしたかっただけだ。

「メシくらいなら食わせてやる」
「マジかあ!?」

莫迦かと切って捨てられるつもりで言ったのに、返答は驚くようなものだった。
ぐずられたり拗ねられたり、延々と文句を言われるのが面倒だっただけかもしれない。けれど、それでも主の言葉は意外すぎて嬉しくて、なんだか疲れも吹きとんだ。

この程度で幸福になれる自分のお手軽ぶりが、どうにも情けないけれど。

「あー……、そうだなあ。ラーメン食いてえ」
「あぁ!?」

日本式の中華ヌードルは、手軽で美味くて奥が深い。山本武に連れて行かれ、以来すっかり気にいっている。

「冷えちまったからなあ、温かいモン食いたいんだあ。ラーメン、イタリア風とかっつって、トマトとバジルの味のもあったぜえ。すげえよなあ」
「……他にもなんかあるだろ。こんな時間に空いてる店なんざねえ」
「ファミレスでいいって。別に名店のラーメン食わせろってんじゃねえし」

日本支部の連中に倣って、二十四時間営業のレストランの名前を告げた。

「安あがりな野郎だな」
「経済的でいいだろお?」

存在自体がゴージャスな主にファミリーレストランなど、呆れるほど似合わない。さぞかし浮いて見えるだろう。その様子を観察するのもまた楽しみで、スクアーロはにんまりと笑った。

「帰ったら好きなだけ抱き枕でも毛布でもやってやるから、連れてってくれえ」
「…………」

主の口から、ため息がこぼれた。それでも拳骨が頭に降ってこないところを見るに、どうやら希望はかなうようだ。

「へへっ」

朝からこんなに上機嫌でいられるなんて、今日はいい日になりそうだ。白みはじめた空へ向かって、は目一杯に伸びをする。指先までほかほかと温まっているのは、気分が浮かれているせいか。

背を向けて先に歩きだした主のあとを、スクアーロは大股で追いかけた。三歩で追いつき、横へ並ぶ。ドアに手をかけふり返ると、朝日がゆっくりとのぼりはじめていた。

END.

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