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□お題004:「早朝の図書館」「好きにされる」、「焼肉」
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酒の匂いをつけて帰ると同居人がひどく嫌がるので、その晩は家へ帰らず学校へ戻った。当直室へ行けば居残り組の話し相手をさせられるとわかっていたから、寝やすいそこを避け、図書室の机の上で横になった。

広さが自慢の図書室は夜間は施錠されているが、こちらは教師、鍵を持ちだすくらい造作もない。寝やすいサイズの机があるのは図書室と理科室の二択、理科室でホルマリン漬けの標本に囲まれて眠るのはゾッとしないから却下だ。

同居人、というより実情は同棲相手のザンザスは動物並に鼻が利く上、シャワーを浴びて匂いをおとしたらおとしたで、どこで風呂を使ったのかだのなんだのといちいち煩い。六歳下のガキのくせに図体も態度もでかいので、怒らせると厄介だ。

つい先日も同じようなことがあって、家に帰ったとたん服のままバスルームにひきずりこまれ、頭から冷水のシャワーを浴びさせられた。行かなければいいだろうと言われたが、好きで参加したわけでもない。教員同士の呑み会などたいした面白みもないがこれもつきあいの一つ、ただでさえ微妙な立場の、しかも新米教師の身ではなかなか断りにくい。

(それくらいわかれっつーの)

ザンザスはめったやたらと頭がよくて、世事にも聡くソツがない。断れないつきあいだなんてどうせわかっているだろうに、それでも拗ねるわ怒るわだから始末に負えない。

前回それで大喧嘩になったから、呑んだ日は家へ帰らないと決めたのだ。泊まる場所は学校、教員の特権で深夜にでも出入りができる。ホテルに泊まるくらいの余裕はあるが、そんなところへ泊まればよけいにザンザスの神経を逆撫でてしまう。

(浮気疑うってなんだそれ。俺に手ぇだす物好きなんておまえくらいしかいないっての)

疑われる理由が独占欲だの行きすぎた愛情だのというくすぐったい感情ならまだしも、どうせ自分のものに他人の手垢がつくのが気にいらないとか、その程度に違いない。それでもほんの少しだけ嬉しくなってしまうから、大概終わっていると自分で呆れる。

古馴染みの友人を介してとある資産家の御曹司の家庭教師を頼まれてみればなにをどうしたか気にいられてしまい、いつのまにかこんな仲だ。手をだしたのはあちらが先だが、たぶん、過剰なくらいの愛情を傾けているのは自分ばかりだろうという自覚はあった。

「あー……そろそろ朝か」

東向きの窓が明るくなってきた。そろそろシャワーでも浴びて、着替えたほうがいいだろう。焼肉と酒の匂いのまま教壇に立つわけにもいかない。

(どうせ焼肉食うんだったら、ウチの育ちざかりを連れていってやりたいんだけどなあ。でもあいつ、慣れないヤツが周りにいるとメシ食わねえか)

その育ちざかりのせいでこんなところで寝るはめになっているのだが、スクアーロは沸点も低いが持続もしない。怒ったところですぐに忘れるし、そもそもが惚れた弱みで本気で怒れもしなかった。

寝乱れた長い髪をいい加減に直して、節々が痛む身体を起こす。さすがに木製の机は優しくなくて、身体のあちこちが軋んでいる。

かけておいたスーツの上着をとり、ポケットから携帯電話をだして確認すれば、案の定メールと着信がずいぶんあった。
音を消しておいたのは幸いだったか不幸だったか。どうしようか迷いつつも電話をかけると、コール二回ですぐにでた。

「よお」
『よお、じゃねえよ。てめえどこにいやがる』

この様子では寝ていないのかもしれない。不機嫌極まりない、といった声だ。さてどうやって宥めようか、考えるだけで頭が痛い。
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