short

□掌人掌
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他の人にはほんの少し広がっただけ、と言われただけだが、ハヤテにとってそれはかなり大きな変化だった。

キラキラとするものがハヤテは好きだ。
朝の海面が光に反射してキラキラするのも、夕日が落ちて夕日色に染まった海が鈍い光を反射させるのも好きだった。

だが、彼は新しいキラキラを手に入れたのだ。

それはゆきじるしの笑顔である。
笑えば笑うほど、弾かれたように広がっていくキラキラ。白い歯が零すキラキラなのか、あの笑い声が響かせているキラキラなのかはわからない。
だが、ハヤテの一番のお気に入りはあっさりと塗り替えられてしまった。

彼女が隣にいる、ただそれだけで、彼女の笑顔のようなキラキラとした毎日が過ぎていく気がする。
何にも負けないようなそんな無敵な強さが備わっている気もする反面、大切なものを守るために必要な強さをまだまだ欲する気にもなる。

自信がなくなったわけではない、むしろ前以上に自信が溢れ出ているのも確かなのだが。
だがそれだけではいけない、と自分を戒めるようになった。

これを、船員はニヤニヤとしながら少し進歩だなと言うが、ハヤテにとってはひとつ大きな壁を乗り越えたくらいの成長に思う。

現状に満足せず更に求める向上心と、毎日がきらめく温かな気持ちを教えてくれたゆきじるしの存在を横に、ハヤテは人通りの多い市場を歩いていた。

「買い出しはこれで終わりかな」

二人で出掛けることに文句を言う仲間は誰一人といない。
むしろ、買い出しなどの面倒な大仕事を買って出るゆきじるしに、役立つ荷物持ちがついたという利便性で頼む者と、二人で目に見える場所でイチャイチャとしてほしくないと思う者と、からかう者と。
様々な思惑を持ちながらも、共通するのは、この二人の邪魔はしないという思考だ。

「あぁ、だな」

ゆきじるしが持とうとする最後の紙袋をかっさらいながら、ハヤテは頷いた。
既に両手には他の買い物の品々を詰めた紙袋を持っているが、彼女に荷物は持たせないとやや躍起になって荷物を積みに積んで持とうとする。

今日の買い出しの依頼はソウシだ。
彼は新たなカップルを微笑ましく思っているのか、二人にとくに仕事がないときは簡単な買い出しを頼み、その買い出しの終わったあとの時間を自由に使わせようと仕組む。
そんな彼なりの優しさに少しばかり鈍いハヤテも気付いていて、だからこそゆきじるしといるときはイイ男に見られようと頑張るのだ。

しかし、他の買い物に比べれば少ない荷物でも、積み上げてしまえばハヤテの顔を隠さんばかりの様子に、ゆきじるしはくすくすと笑い、奪われたばかりの荷物をそっと取り返す。

「これじゃハヤテの顔、見れないよ」

ね?と小首を傾げて微笑む彼女の表情に、ハヤテはばつの悪そうな顔になった。
それには女に荷物を持たせるのはという申し訳なさに加えて、勿論輝かしいばかりの彼女の笑みに対する照れも含まれている。

「う…わりぃ」
「気にしないの」

本当はとっくに見えているはずなのに、もういくつかの荷物を片手に担いでいくゆきじるし。
結局お互いに片手に担げるだけ――ハヤテの方が量は多いが、担ぐことになった。
イイところを見せようとしたハヤテにとっては、少しばかり不満な結果だ。

思わずとその気持ちが表情に出たのだろうか、ゆきじるしは少しだけ困ったような、ぐずる弟に向ける姉の笑みを見せて、空いたハヤテの片手にそっと優しく触れて、握りしめる。

「だってこうしたいでしょ?」
「…おう」

触れてくる体温は、本当に温かかった。

お前の体温は高すぎる、お子様め。
なんてシンに言われて拗ねて怒っていた光景を見かけたことがあるが、確かに高すぎる体温にも感じるけれども、自分にとってここまで心地よいと感じるのはそうそうとない。
きっと真夏の暑い日でも、不快に感じることはないのではないだろうか。
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