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□episode.3
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暫く時が止まったように固まっていた二人だったが、困ったような女の声ではっと我に返る。

「…せめて、助けに来たのなら、まず助けてくれないか?」
「あ、は、はいっ」

慌てたようにトワがポケットからキーピックを取り出す。
簡単な錠前を外すくらい彼の十八番で、動揺からかもたつきはしたものの牢屋の鍵を外すと、中に入り込んだ。

死臭や血の匂いが一層と酷くなったが、それ以上に驚かされるのはこの状態である。
老婆と聞いていたはずが、目の前にいるのはまだ20程度の小娘である。
下手をすればハヤテより少し年が上程度の若さではないだろうか――暗がりで見えないにしても眼光の強さから察せられるのはそれぐらいだが、まず年老いた老婆ではないことは火を見るより明らかだ。

「え、えっと…あなたはメデューサさんですか?」

トワの恐る恐ると尋ねた質問に、女はふっと顔を上げてから、汚れた顔で微苦笑を漏らしたようだった。

「…その名で呼ばれるのも久しいな。だが、私は間違いなくメデューサと呼ばれる者だ」
「え、ええっと…」
「戸惑う気持ちもわかる、だがどうか今は信じて私を解放してはくれないか」

どうやらナギとトワが戸惑っている様子と、その理由までもがこの女にはわかっているようだ。
懇願、というには強すぎる意思を持つ瞳は、頼みこむという形とは程遠いどこか逆らえない命令に近い鋭さで、二人を見つめる。

(…!)

ナギの心臓が、一瞬だけどくりと跳ね上がった。
それもそうだ。
先ほど買ったペンダントのラピスラズリの色と、暗がりでよくわからなかったが、彼女の瞳の色はとてもよく似ていた。

「…どうします?ナギさん」

一瞬困ったようにナギと女を見比べていたトワが、ナギの方に向き直り指示を仰ぐ。
独断で外すわけにはいかないという判断は正しい。
だからこそここで指示を出さねば――ナギは一瞬の逡巡の後、女に近寄りながら言った。

「――どっちにしろ、女子供を助けないわけにはいかねぇ。トワ、さっさと外せ」
「はい!」

弾かれたように飛び上がったトワが慌てて両手の枷を外しにかかる。
先ほどよりは落ち着いたようで、素早く外した枷からだらりと手が滑り落ちる。力が入らない様子から、相当衰弱していることがわかる。

「すまない、恩に着る」

両手を自由にしてもらうと、女は長い間拘束されてうまく動かせない手首を摩りながら、トワとナギを見上げて無表情に言った。
しかし立とうと体勢を整えようとするとその体はぐらりと傾き、思うように立ち上がれないようだ。

「乗れ」

そんな女に向かいナギは迷うことなく背中を差し出した。
時間が刻一刻と過ぎて、状況は悪化する中でこれ以上は迷えないのだ。

「…」
「何してんだ早くしろ!」
「…すまない」

今度は女が逡巡する番だったらしい。動く様子を見せない女にナギが声を荒げると、一瞬してからすぐ女がナギの背中に乗った。
女の体は想像以上に軽かった。
立ち寄る街で女を抱くことがあるナギも、自分の上で腰を振る女の体重ぐらいは憶えているが、彼女はその中でも軽い方だ。これは好都合だ。さっさと運べる。

だがそれより驚くべきは、体温の低さだ。
これが人間か、と思えるほどの体温の低さに思わず背筋がぞくっとした。
しかしかまっている暇はない。しっかりと背中で女の体を抱え直しながら、匂う血の匂いも気にする暇なくトワに怒号を投げかけ走り出す。

「行くぞトワ!急げ!!」
「はいっ!!」

元来た道を戻り、螺旋階段をせわしなく登り始めた。
なかなか地上に辿りつかない長さに焦れつきながら、背中でぐったりとしている女の思った以上の衰弱している様子にも、心を慌てさせられる。
先ほどまでの声はしっかりとした返答だったからこそ、それが強がりであったのかとわかれば早くソウシに見せねばと自然と足が早まる。
あまりの早まりように何度も躓きそうにもなったが、それでも急がずにはいられなかった。
背中の命の灯が少しずつ消え失せる――今それがナギにとって一番の恐怖であった。
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