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□episode.4
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「そう、ゆきじるしさんと言うんだね」
「ああ」
「なら、まずゆきじるしさん、話はあとで聞くとして治療をさせてもらってもいいかい?傷口の進行様子とか見たいから」
「…あなたは船医か、頼む」

未だに納得しきれない部分があって、戸惑いを感じているらしいゆきじるしに優しく問いかけたソウシは、了承を得るとゆっくりとゆきじるしの体を横たわらせる。
そして服をはだけさせ、現れた白い肌に聴診器を当てたり、指で押したり、傷口に触れたりと無言のうちに作業を進めていく。
普段ナギたちにする治療よりずっと柔らかく優しさの含まれたものであるのは気のせいではない。

「…お前」
「何だ?」

そんな様子を眺めていたが、自分の仕事を思い出したナギがゆきじるしに話しかける。
顔だけナギの方向を向いたゆきじるしが、少しだけ不思議そうな表情を見せた。

「飯、何なら食える?」
「あ、ああ、いや…そこまで世話になる訳には…」

お金がどうやら払えない、とわかってしまってこれ以上は頼みにくいのかもしれない。どうやら律儀な性格をしているらしい。
躊躇うゆきじるしの返答を待たず、体は正直な反応を見せる。

ぐぅぅぅ

「…」
「…あの、粥を、頼む」

静かな空間に鳴り響いた音は、思ったよりも大きく聞こえてしまい、無言でいるナギに対して申し訳なさそうに、そしてどこか気恥ずかしそうに、ぽつりと呟くゆきじるし。責められているわけでもないのに、委縮して小さくなっているのはトワを彷彿とさせた。
その様子を見て、くすくすと笑ったソウシが、安心させるようにその表情を伺い覗き込む。

「どれくらいあそこにいたのかわからないけど、おなかが減ってるんだね、でもそれぐらい元気でよかった」
「…すまない」
「ふふ、気にしないで?」

天然で女たらしと呼ばれるソウシの気遣いはナギに比べれば120点満点といったところだろう。
丁寧にゆきじるしの体を診察しながら――どこかのお子ちゃまとは違い、医者として当たり前だが男の生理現象を見せることなく――時折何か独り言を呟いている。

ナギはといえば、昨日からあれこれと考えていたメニューをリクエストに合わせて調整しながらしばらくその様子を見ていたが、少しして自分の持ち場へと帰って行った。








「ナギ」

キッチンへの階段を上る途中、朝からやや不機嫌そうな声に呼び止められる。
振り返ると、朝の湿気に少し毛先をくるりと丸めたシンが、手に新聞紙を握りしめながら不愉快そうな表情でこちらを見ていた。

「シンか、どうした」
「あの女はどうなった?」
「…今起きたところだ」

くいと指をさす先で、今頃ソウシがしっかりと診察をしているだろう。
しかし、女が起きたと知れば少しは皆の気が和らぐはずだ、と思っていたナギの予想は大きく外れることになる。

「…そうか」

更に不機嫌さを露わにしたような表情をするシンが、深い溜息をついてから、手にしていた新聞紙を突き出す。
読めということだろうか。視線だけでシンに確認すると、航海士はただこくりと頷くだけだった。
受け取った新聞紙は、シンが握りしめたせいでぐしゃぐしゃになっている。いぶかしみながらもぐしゃぐしゃになってしまっているそれの皺を伸ばすと、見出しに躍り出ている文字がいやでも目に入った。

「…“メデューサ処刑”?」
「ああ」

より一層険しい視線でその新聞紙に視線を落としたシンが、低く呟いた。

「この記事によると、処刑されている」
「なんだと?」
「処刑された写真はない、が、ここを見ろ」

白く細長い指が、とんとんと新聞紙の下の方を叩く。
そちらに視線を向けると、手配書の写しが載っていた。どうやら古い手配書のようで、手配された日付は60年以上も前のだが、今でも“生死問わず”。
そしてそこに映る似顔絵は――
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