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□episode.6
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シリウス号にゆきじるしを乗せてから、二週間が過ぎていた。

「…ほら」
「ああ、すまないナギ」

ナギの持つトレーを受け取り、ゆきじるしが少しだけ笑う。
そのトレーの上には美味しそうに湯気を立たせるお粥とスープと――あまり噛まずに呑み込める類の食事が何種か並んでいた。

まだ内臓の負担を避けるためにも、と栄養のある流動食を船医から頼まれているナギが考えている特製メニューである。
そもそも病人が出にくいこの船で病人食を作ることは珍しく、ナギも少しばかり悩んでいるところである。

しかも、この流動食は本人には不評のようだ。

「そろそろ普通の料理を食べてもいいと思わないか?」
「…俺に聞くな」
「む…」

どうやらもう体は元気らしく、元気さが有り余っているゆきじるしは今すぐにでものどに流し込む食事より、しっかりした固形食を食べたいらしい。
だが、ソウシいわく体の表面が元気なだけで、まだまだ内臓は予断を許さない状態ということで、しばらくは病人食が続くことが予想される。
むしろ元気すぎる彼女の精神力に彼には珍しく呆れさえしていた。

ナギの返答に文句を言うわけでもなく、おいしそうに湯気を立てる目の前の食事には負けたか、嬉しそうな顔をしながらいただきます、と言ってゆきじるしは食事を始めた。

動けないゆきじるしにとっての楽しみは、これぐらいしかないのである。

ずっと医務室で生活をする彼女は、時折トイレとお風呂でここを出る以外は、ずっとこのベッドに横たわってばかりである。
まだ全員そろって食堂で食事ができないせいか、関わる船員には限りが出てきてしまった。

まず一番関わるのはソウシである。
当たり前だが、主治医ばりに付きっきりで看病をしている彼は、ゆきじるしの一番の話し相手だ。
時折医務室の近くを通りかかると楽しそうな二人の笑い声が聞こえることがある。
ソウシの性格からして彼女を楽しませるのは彼が一番得意なようだ。

そして次はトワである。
雑用を何でもこなす彼は、特に最近ソウシの雑用が多くなった。
ナギの頼みごとを引き受ける傍ら、ゆきじるしの薬のために――60種もの薬を一日に飲むらしい――薬草をすり潰す回数が多くなり、時折医務室にこもりきりになる。
そのときには、医務室からは三人の笑い声が聞こえるのだ。

そして次に、ナギがよく関わるようになる。
この病人は、本当に体の中が病気なのかというくらいに、元気なのである。
食事を運んでくるナギを見るたびに、新たな話相手が現れたとわかって、少し嬉しそうな表情をするのである。
82歳――こういうと本人は少しだけ拗ねた顔をするのだが――とは思えぬ純真さに、食事を運ぶナギも戸惑っていたが、それも最初だけで今では慣れたものだ。
口調は堅苦しいようなものだが、喋ってみればゆきじるしはかなりの冗談好きだということもわかった。
しかし、人の冗談がわからないこともあるらしく、天然な一面もある。
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