落花論
□背中合わせの針ネズミ
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放課後になり、鞄を持って席を離れようとしたら手首を握られ、僕は飛び上がりそうになった。
「なっ、なっ」
「上野」
「なに、なんだよ栗山、いきなり」
身構える僕の目の前に、メタリックブルーのストライプ柄の携帯が突き出される。
なにこのお洒落な携帯。男のくせに。
「メアド交換しよう」
「……いいけど」
不承不承という態度を装ったけど、本当はすごく嬉しかった。
こんな校内の有名人と知り合いになれるなんて。
そりゃこれはただの社交辞令で、実際はたいして親しくなんかなれないだろうけど。
気にかけてもらえるのが純粋に嬉しい。
高校生になってから持つようになった僕の携帯に登録されている番号は、親と兄貴。
そして友達3人を加えただけ、という非常に寂しい状況。
自動的に採番された栗山の登録番号を見て、ラッキーセブンだ、なんて小さな偶然で幸先の良さを予感した。
「ただいまー」
家に帰って、台所に立つ母に久しぶりに学校であったことを話そうとしたのは、それだけ僕が浮かれていた証拠だろう。
いつもだったらそんな無駄なことはしないのに。
「ねえ、母さん。今日席替えがあったんだ。そうしたら、なんと僕の後ろにね……」
「そんなことよりあんた、ちゃんと勉強はしてるの」
きつい口調で遮られ、すぐに後悔する。
しまった、今日はあんまり機嫌がよくないみたいだ。
「いつも寝っころがって漫画かゲームばっかりじゃない。もう高校二年生になったんだから、受験なんてすぐだよ。そろそろ真剣に勉強しないと、遊んでて後で泣くのはあんたなんだからねっ」
がみがみと続けられ、脱走のタイミングを図る僕の前のテーブルに、乱暴に食事の乗ったトレイが置かれる。
「あんた、ちょっと離れにご飯持っていってあげて。耄碌してて、こっちに来やしないのよ」
(耄碌って言い方はひどいなあ……)
隣の家に住んでいる祖母に食事を運ぶのは、だいぶ前から僕の仕事だ。
年をとり、自分で料理をすることすらままならなくなった祖母だが、母親への憎しみは薄れていない。
母も同様に昔いびられた記憶を忘れていないからこういう態度になる。
お互い毛嫌いし合っているから、なるべく会わせない方が家の中も平和なのだ。