番外編
□梵仏編-6
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空が白け始めた頃――。
行為によって汚れたシーツを侍女に取り替えさせている間、ソファに移動させていたシッダールタを梵天は整えたばかりの寝台の上に寝かせた。
よほど肉体的にも精神的にも疲れていたのだろう。
シッダールタは梵天によって体を拭かれていても、抱き上げられ移動している時でさえ気を失ったまま目覚める気配はなかった。
「いつもながら無茶をさせてしまいましたね……」
梵天は寝台に腰かけると、浅い寝息を立てているシッダールタの頬を優しく撫でながら苦笑を漏らした。
どれだけ泣き続けたのかを証拠付ける、泣き腫れた瞼から伝う涙の跡。
それを指先でなぞって消していく。
「貴方の口からイエス様の名が出たので、特別しつこくしてしまいました。王などと言っても私もまだ器が小さい」
梵天は息を吐くと、髪をくしゃりとかきあげた。
こうやって落ち着いてからは、大人げなく嫉妬して何よりも大切なシッダールタを苦しめているのが自分自身だという事に後悔の念に駆られるが、どうしても欲情を抑えられないのだ。
シッダールタは術によって記憶を封じられているから、思い出して欲しいのなら梵天の口から事実を伝えて切っ掛けを与えろと帝釈天に言われたが。
真実はとても残酷で。
告げるか否か。
「私自身、貴方に過去を思い出して欲しいのか、忘れていて欲しいのか分からないのです……」
その答えはまだ出せそうもなかった。
サラリとシッダールタの髪を指ですくいあげて、そっと唇を押し当てる。
シッダールタの幸せを願うならば、この日々に終わりを告げて解放してあげればいい。
梵天が傷つけてしまった心も体も、国に戻れば時が癒してくれるだろう。
何よりシッダールタには無償の愛を与えてくれるあの神の子が付いているのだ。
だが、それは今はまだ出来そうになかった。
「……愛しています」