番外編

□梵仏編-3
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シッダールタのゆっくりと覚醒しつつある意識は、清潔な香りの漂う肌触りの良いシーツの心地よさにまたも眠りへと引き込まれそうになる。



「ん……」



その欲求にあらがうように、寝起きのせいでぼうっとした頭を小さく振ったシッダールタは突然ガバッと飛び起きた。



記憶が途切れるまでの出来事が怒涛のように蘇り表情を歪める。



「……っ!」



ここの所毎晩そんな状態だった。
梵天に声がかすれるほど鳴かされ、意識が飛ぶまで攻め立てられる日々。



シッダールタが屈辱に震えていると、扉がノックされる音が響いた。



何も身に纏っていない体をあわててシーツで覆い隠す。



「ご機嫌は……残念ながらあまりよろしくないようですね。ふふ、そんなに怖い顔をしないでください」



揶揄と親しみが混じった口調でそう語りかけてきたのは、コーサラ国の国王――梵天。



「あなたは……一体何のつもりで……」



シッダールタは思わずすくんでしまいそうな自身を奮い立たせるように、目元を強張らせて梵天を睨みつける。



身に染みて思い知ってしまった恐怖をどうにか払拭したかった。



故郷の釈迦国から無理やりシッダールタをこのコーサラ城へと連れてきたのは目の前の男に安易に屈する事なで出来るはずもない。



「何のつもり、とは?」



梵天は底の見えない闇のような色彩の目を細めて機嫌良く笑う。



「しらばっくれるのもいい加減にして下さいっ! どういうつもりで私にこんな……何か恨みでもあるんですか!?」



「恨みなど滅相もない。私が貴方に一目ぼれしたという簡単な理由ですよ。男性のままでも良かったのですが、どうせ側に置くなら女性として私の正妃になって頂けば一石二鳥でしたので」



世継ぎの事もありますし、と何の躊躇も迷いも無く告げられた言葉にシッダールタはぞっと背筋を震わせた。



「私があなたの子を……? 性質の悪い冗談ですね」



「私は本気です。でなければここまでしませんよ」



寝台の傍まで歩いて来ていた梵天は、シッダールタ顎を掴むと手荒ではない強引さで上向かせる。



その動きにシッダールタは体を強張らせたものの、気持ちで負けないようにキッと睨みつけた。



「もしかして、私の存在が邪魔になるかもしれないから閉じ込めておくという魂胆ですか? そんなことしなくて私は予言にある世界の王になど、」



ささやかな反抗を見せるシッダールタへ酷く甘い笑みを見せた梵天は、青い宝石のような色合いの瞳を覗き込みながら更に距離を詰める。



「シッダールタ。私は貴方が欲しい。そして手に入れた――ただそれだけの事」



その台詞を理解するよりも先に、シッダールタの額に梵天の唇が触れた。



シッダールタは自身の手の甲で、彼の温もりの触れた額をきつく拭う。



「……なぜ私なんですか。あなたならどこの姫だって娶れるでしょう。なぜ私でなくてはならないのですかっ!」



シッダールタは疑問をぶつける。



武力も財力もある大国の王であり、梵天自身外見に恵まれた長身の美丈夫である。
男でも女でもよりどりみどりなはず。



妃にも妾にも事かかないはずだ。



それなのに外見が気に入ったからといって、嫌がる自分を無理やり性別を変えてまで側に置こうなど酔狂にも程がある。



「どう思われようと、私は貴方以外には興味ありません。貴方は此処から一生出られないんです。どうせなら仲良くしましょう」



意味深に唇の端を吊り上げと梵天はシッダールタの手を取ると躊躇なく指先を口に含む。



生暖かい舌が指を這う感触にシッダールタは小さく悲鳴のような声を上げた。



背筋を悪寒に似た感覚が走り抜ける。



指を1本1本舐め上げられて、おかしな声が漏れないようシッダールタは唇を噛みしめた。



「……っ! この、外道、がっ!」



そんなシッダールタの様子に梵天は満足そうに微笑むと、驚くほどのやさしさで抱き寄せた。



「私のシッダールタ――他の誰にも触らせたくもないし、出来るなら見せたくもない。ああ、この細い足首を鎖で繋いでしまうのも倒錯的でいいですね……」




シッダールタの足首をやさしく撫で上げながらささやく物騒な内容とは裏腹に、愉快そうな声には恋人に向ける睦言のような甘さも含まれている。



体を寝台へ押し倒してくる梵天を突き放す事も出来ない。



圧倒的な力の差があり、抗う事も出来ず、悔しくて、情けなくて。



それでも梵天に触れられると、彼に慣らされた体は敏感に快感として受け取ってしまうようになった。



シッダールタは切なげに眉根を寄せる。



どんなに抵抗したくても、結局は震える腕でこの男にしがみつく事しか出来ない。



チャリ、と。
存在しない鎖が足元で鳴ったような気がした。

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