番外編
□梵仏編-5
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「シッダールタ」
呼ばれて振り向くと、ソファに姿勢よく座ってウトウトとまどろんでいた梵天がいつのまにか大きな目を開いてじっとこちらを見つめていた。
名前を呼んだだけで、何も言わない梵天。
シッダールタは読んでいた本を置くと、梵天の元へゆっくりと近寄った。
「はい、なんでしょう?」
横に座り、顔を覗き混むように伺うと微かに苦笑を漏らした。
傍若無人な梵天がやけに大人しい。
これはどうしたことだろう。
「どうしたんですか?」
自分でも驚くほど優しいが出た。
「夢、か。貴方はちゃんとここにいる……」
悪い夢でも見ていたのだろうか。
梵天の額には汗が浮かんでいた。
逞しい肩に手を添えて、そのまま指を伸ばして漆黒の髪に絡めてみる。
平常時に自分から触れるの事ははあまりないので少々照れくさい。
「なんだか……静かで貴方らしくないですね」
ふてくされた時のイエスのようでなんだか可愛いなと思い、クスッと小さく笑った。
すると大人しくしていた梵天が、突然動いてシッダールタの手首を取った。
そのまま引かれて、胸に飛び込むようにすっぽりと収まってしまった。
「ちょっと、いきなり何するんですかっ」
がっちりと抱き込まれ、身動きが取れない。
拘束するように両腕は腰にまわり身体が密着したせいでどきりとするが、梵天は甘えるように肩に額を摺り寄せて来るだけだった。
いつもなら体を這い回る手が大人しく縋り付いているので、子供にするように背中をポンポンと宥めるように軽くたたいてみる。
「私の王様は今日はずいぶんと甘えん坊さんですね」
そう言うと抱きしめてくる腕がぎゅっと強くなり、少々の息苦しさはあるが抱きしめられる暖かさが心地よく身を委ねた穏やかな午後――。