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□あなたの側に
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極楽浄土に来てどれくらいたっただろう。
ブッダは自分の事務所を持つことを許され、本日梵天の住居から引っ越して来たのだった。
昼間は準備やらで慌ただしく過ごしていたが、夜になり完璧とはいかないまでも片付いたので、ブッダは読みかけの本を手に取った。
一人きりの自室。
真新しいソファに座って本をパラパラとめくるが、全然集中出来なくてため息とともに顔を上げた。
「……静かだなぁ」
呟きが思いの他大きく響く。
ブッダは本を傍らに置くと代わりにクッションを抱きしめ、一緒にいる事に慣れ過ぎた存在を思い浮かべる。
「いつもは梵天さんと、お茶でも飲みながらくつろいでる頃かな」
極楽浄土に来てから梵天の屋敷に居候していたブッダの側には、いつも梵天の匂いや気配があった。
忙しくしている時には忘れられていたが、ひとりになると思い知ってしまう。
梵天の存在が、自分の中でどれだけ大きいものになっていたのかを。
側にいない事に違和感を感じるほどに。
ほんの少しでいいから梵天の声が無性に聞きたくなった。
ブッダはいてもたってもいられなくなり、ソファから立ち上がると落ち着きなくウロウロと歩き回る。
「念話、してみようかな」
自分から梵天にするのは初めてなので、ためらってしまう。
「片づけが落ち着いたって報告もしなきゃだし……」
理由をつけないと連絡も出来ない自分が情けなくなるが、いつもより格段に早く鼓動している心臓を落ち着かせて精神を集中させる。
『どうしました、シッダールタ? 何かありましたか?』
あまりにも早くつながったので、ブッダは慌てた。
『いえ、その……』
突然で思考が追い付かず、恥ずかしくてすぐにでも念話を切ってしまいたいような衝動にかられる。
『シッダールタから念話をして頂けるなんて珍しいですね』
『…………』
『フフ、私がいなくて寂しくなりましたか?』
『そっ、そんなんじゃありません!』
梵天にはきっと自分の感情などお見通しなのだろうが、つい素直になれずに強がってしまう。
『本当ですか?』
低く響く笑みを含んだ穏やかな声。
きっと彼はやさしい笑みを浮かべているのだろう。
『静かすぎて……少しだけあなたの声が聴きたくなっただけです』
姿が見えない分、少しだけ自分の気持ちを伝える事が出来た。
『声だけでいいんですか?』
と言う声が思念と、直接耳から聞こえてきた。
自分以外に誰もいないはずの部屋なのに、背後から突然声がした。
驚いて振り返ろうとしたブッダの身体を、後ろからたくましい腕が暖かく包み込む。
「ぼ、梵天さんっ……! なんで!?」
ブッダは突然の梵天の登場に、一気に顔を紅潮させる。
耳まで真っ赤になっているブッダに、梵天は可愛くて仕方がないといった様子で微笑む。
「あんな寂しそうな声を聞いたら、放ってなんておけません」
上から至近距離で見下ろしてくる顔は、穏やかな表情をしているがとても迫力がある。
でもそれは自分にとっては落ち着く居心地のいいもだった。
梵天はブッダを閉じ込めていた腕を外すと、正面に回り込んだ。
両手でブッダの頬を包み込むと、俯いている顔を自分の方へと上向かせた。
「なんです……」
「来るのが遅くなってすみません」
梵天はブッダの身体をそっと抱きしめた。
「ホントですよ」
そう言いながらも、彼のぬくもりを密かに恋しいと思っていたブッダは遠慮がちに梵天の背にそろそろと腕を回した。
梵天はいつもそうだ。
言葉にしなくても、当たり前のように欲しい物を与えてくれる。
そんな彼に素直になりたいのに、何故か彼にだけはつれない態度をとってしまう。
でもこれからはいつも会える訳ではないのだから、今まで言えなかった事を伝えなければ――。
「……ごめんなさい。ホントはいつも感謝してるんです。つい意地を張って素直になれなくて」
ますます真っ赤になっていくブッダ。
そんな顔を見られたくなくて、ぎゅっとキツくしがみついたのだった。