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□Let'sバカンス
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極楽浄土にある天部総合事務所には、今は梵天しかいない。
何をするでもなく、ぼんやりと一人窓から空を眺めていた梵天だったが、濃い青色にかの人の面影を見つけ、ふと手を伸ばしてしまう。
そんな自分に苦笑すると、こちらに向かってくる聞きなれた足音に気づき、視線だけを向けた。
「シッダールタ……今頃何してるんだろうなぁ」
声の主、帝釈天は自分の席にドカっと腰を掛ける。
「我らの時間は永遠。その中でシッダールタの不在はほんのひと時に過ぎん」
頬杖をついた梵天の表情には、いつものように有り余るような生気は無い。
「寂しいくせに強がっちゃって」
「フン……」
「やっぱり行かせるんじゃなかったかな〜」
椅子の背もたれにだらしなくよりかかった帝釈天は、誰にともなくつぶやく。
そして二人して、空を見上げるのだった。
この空の下にいる愛しい魂を想いながら。
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時は少し遡り、とある日の極楽。
「シッダールタ、いらっしゃいますか?」
いつものように返事も聞かずにブッダの事務所の扉を開け放つ梵天。
たが、そこはブッダはおらず。
無遠慮に室内を見て回っていると、書きかけの休暇届を机上で見つけた。
「有給? シッダールタが珍しいですね……」
その用紙の理由欄に書かれた文章に気づいた梵天は、彼の椅子に腰を下ろすと遠慮なく目を通す。
「……シッダールタにも困ったものですね」
梵天はひとりごちると、その有給届をぎゅっと握りしめて部屋を後にした。
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その頃、ブッダはというと。
下界バカンスに向けて、イエスと作戦会議中だった。
「あの人の事だから、説得は簡単にはいかないだろうなぁ」
ブッダはプロデューサ気取りの、眉毛が印象的な男を思い浮かべる。
「ふふ、ブッダ大切にされてるから」
イエスは目の前の友人ににっこりと微笑む。
ちょっと度が過ぎてるけどね、と内心付け加えながら。
「もうイエスったら……。あの人のはそんな生易しいものじゃないよ。あの過保護さと過干渉といったら……!」
「それだって愛情! アガペーだよ」
「とにかく、イエスの所の大天使さんたちも許可してくれたんだから、私もがんばらなきゃ!」
難関と思われていたミカエルさん筆頭とする大天使たちの説得は、思いもよらず簡単なものだった。
それは単に同行するブッダの人徳によるもので。
「ブッダがしっかり者のおかげだよ」
得意気にVサインを向けてくるイエスに、私は一緒に行くのが君だから、余計に説得が難しいのですよ……とアルカイックスマイルを浮かべた。
「最終手段としては、さっさと有給届を提出して、梵天さんには悪いけど事後報告にさせてもらうしかないかな……後が怖いけど」
「なるほど」
「いっそ内緒で……え?」
イエスと会話をしていたブッダは、つい言葉を返したが、その声の主がイエスではない事に気付き、恐る恐る振り返った。
「……梵天さん」
木の幹に寄り掛かってこちらを見ている梵天の手には、何故か自分の有給届が握られていて。
清々しいまでの梵天の笑顔に、ブッダは自分の背に冷たい汗が流れるのを感じたのだった。