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□今宵貴方の全てを
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「シッダールタ。私の言葉は、何一つとして貴方の心に届いていなかったと」



仮面でも被ってしまったかのように、梵天の硬質な顔から表情がスッと無くなった。



「梵天さん?」



何故このような会話になったのか、ブッダは混乱しながらも流れの始めを思い起こす。



自宅への帰り道に偶然梵天と出会い、軽口や冗談めいた口説き文句のような言葉をを軽く受け流すという、いつも通りのやり取りだったはずだ。



自分がそっけない態度なのも、今回に限った事ではないし。



……いや。



ひとつ違うところがあったか。



『いい加減、冗談はやめて下さい』



深い意味はなかったのだが、彼を否定するような言葉を向けてしまった事。



梵天の表情が一変したのは、これを言ったその直後だった。



「私が幾度となく貴方に告げてきた言葉を、ひとつとして本気で受け取って頂けていなかったのですね」



責めるような言葉の内容ではあるが、梵天の態度も声もいたって冷静であった。



「あの、梵天さん?」



こんな淡々としていて感情を感じさせない無機質な梵天は初めてで、ブッダはただうろたえるしかできなかった。



「つまり貴方にとって私は冗談で済ませられる。その程度の存在だったという事ですね」




「そういう意味で言ったんじゃ……っ」



いつも通りであるはずの梵天の丁寧な口調ですら、距離感を感じさせる。



「よく分かりました」



梵天が背を向ける直前。



ほんの一瞬だけ垣間見えた、その表情はひどく寂しげで。



思わず息を飲んだブッダが何かを言うよりも先に、梵天の姿は夜の闇の中へ紛れるように消えていってしまった。
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