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□バレンタインデー
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2月14日、都内のカフェにて。
バレンタイン仕様にかわいく装飾された店内には、カップルがひしめいていた。
そんな店内で、落ち着かない様子を見せるのは立川にバカンス中の仏様ブッダだった。
周囲の人からチラリチラリと向けられてくる視線。
原因はおそらく目の前の男だろう。
スーツ姿がこの上なく似合う、強い眼差しと濃い眉が印象的な、黙っていれば男前な容姿を持つ男、梵天。
そんなブッダの心内を察したのか、梵天が笑みを刻む。
「あなたの可憐な姿に皆見惚れているんですよ」
「勝手に心を読まないで下さい」
ブッダはため息と共に、テーブルの上に包装された小さな箱を置いた。
「……どうぞ。梵天さん、ご所望のチョコです」
「もちろん手作りでしょうね?」
やわらかく微笑んで、その箱を受け取る梵天。
「わざわざ買ったりしません」
プイとそっぽを向くブッダ。
「フフ、口元にソースが付いてますよ」
梵天が指先でブッダの口元を拭うと、ペロリと舐めて見せた。
「もう! 何やってるんですか、あなたは!」
こういうキザな動作もさまになる梵天が恨めしい。
というか、こんな恥ずかしいマネは外では止めてもらいたい。
「なんだか……キスしたくなってきたんですが」
突然テーブル越しに顔を近づけてくる梵天。
「何言ってるんですか、白昼堂々。変態ですか」
ブッダが椅子ごとじりじりと後ずさった。
「そちらこそ何を言ってるんです。今は正真正銘男女のカップルですよ。何が変態ですか、私はまさに正常です!」
「カップルかは置いておいて、確かに今は男女という事になりますね……不本意ですが」
クリスマスにイエスと女性体でデートしたのを梵天につつかれて、バレンタインデーには梵天と過ごす事を強引に約束させられたのだった。
勿論女性の姿でと念を押され。
「しかし……いかんせん、デートにその姿はいただけませんね」
日頃の仕返しか、ブッダはいつものジーンズの姿でやって来ていた。
さすがに目立つ螺髪は解いているが。
「食事が終わったら、服をプレゼントさせて下さい」
「いいですよ、このままで」
わざとですから、とひとりごちるブッダに、梵天はより顔を寄せる。
濃ゆい顔がとつぜん目の前に来て、ブッダは思わず後ろにのけぞった。
「私が良くありません。嫌だというのなら、今ここであなたの消し去りたいだろう記憶を世間の皆様に次々と公表させて頂きますが……」
「ありがたく頂戴いたします!」
ブッダが梵天にかなうはずもなかった。