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□籠の中の鳥
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「今日は遅くなってしまったな」
梵天は天部の事務所からの帰り道、すっかり暗くなってしまった空を見上げてひとりごちた。
本来なら今頃はシッダールタと夕食を共にしている時間だった。
あわてて帰宅したが、いつもなら梵天を優しい笑みで出迎えてくれるシッダールタの姿が見当たらない。
シッダールタは『一人では絶対に外出しない事』という梵天の言いつけを素直に守っているので、外に出たとは思えない。
彼の気配を辿っていくと、彼に与えた部屋にたどり着いた。
部屋にいたのかと安心すると、遠慮なく扉を開け放った。
窓辺に橙色の僧衣をまとった背中が目に入り、梵天は安堵に笑みを刻む。
「シッダールタ?」
返事がないので、近寄ってみると椅子に座ったままの姿勢で眠ってしまっていた。
「そんな格好で寝たら首を痛めてしまいますよ……。ほら、起きなさいシッダールタ」
とても最高の悟りを開いた、仏教の教祖とは思えないあどけない寝顔。
梵天は、揺り起こそうと優しくその肩に手をかけた時、ふと窓から見える外の景色が目に入った。
シッダールタは窓枠にもたれかかるようにして、おだやかな寝息を立てている。
梵天はシッダールタが外を眺めていた事に気が付いた。
極楽浄土に来たばかりのシッダールタを守る為とはいえ、半ば部屋に軟禁状態にしてしまっていた梵天。
シッダールタは一つの文句も言わず、素直に従ってくれていた。
しかし人生のほとんどを修行と、教祖として布教の旅を続けていた彼だ。
そのような素振りは見せないが、やはり自由に外に出たいのだろう。
帝釈天に言われた言葉を思い出す。
『まるで籠の中の鳥だな』
あまり度が過ぎると、外の世界への憧れが強くなりすぎるぜ、と忠告のような言葉を向けられた。
言われずとも、そんな事は分かっている。
「もう少し辛抱してください。」
だがたとえ極楽浄土とはいえ、完全に危険がないと確信出来るまでは、シッダールタを外に出す気はない梵天だった。
梵天はシッダールタの柔らかい頬をひと撫ですると、起こさないようにそっと横抱きにして寝室へと向かった。