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□熱に浮かされて
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口の中に独特の苦みを感じ、ブッダは朦朧とした意識のまま薄く瞳を開く。
熱のせいか、まぶたが重い…
歪む視界。
身体が熱いのに寒い。
息苦しいし、節々が軋むように痛い。
「ぅ……ん……」
夢か現か…霞んだ思考では判断がつかない。
頬を撫でられ、虚ろに潤んだ瞳を瞬かせる。
一目でイエスとは違うとわかる、スーツを着たがっしりとした姿。
「梵天……さん?」
いるはずもないその人物に、ブッダは熱があるから変な夢を見ているんだろうか?と首をかしげる。
目の前の人物……梵天はやわらかく微笑むと、ブッダの上に覆いかぶさりそっと唇を重ねた。
舌を絡み取られる甘い感触に背筋が震える。
「気持ちい……ぃ」
その唇から先ほどと同じ苦みを感じた……
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「ん……」
額に当てられる冷たい感覚にブッダは目を覚ました。
濡らした布が額に乗せられている。
ブッダはぼんやりとした瞼を擦って、辺りを見回す。
「イエス……?」
「起こしてしまいまいたが? 具合はどう――…」
「――!! なんで梵天さんが……!?」
イエスが看病してくれていたと思ったら、そこにいたのは梵天で…
「その様子では、だいぶ良くなったみたいですね」
ブッダはあわてて起き上がろうとするが、額の白毫を人差し指で押さえつけられ、後頭部を枕にうずめる。
「痛い痛い痛い!!!」
面白そうに笑う梵天に、ブッダはムスっとした顔を向けた。
「ずっとそこにいらしたんですか?」
その言葉に、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる梵天。
そんな梵天の様子にブッダは嫌な予感がした…。
「あなたが私の服を握って離さないもので」
「!!!!!」
そっと梵天がブッダの手に触れる。
そこで初めて気が付いた。
自分が梵天の服の裾を握ったままだという事を。
あまりの羞恥に顔を真っ赤にしてあわてて離す。
「なんであなたがここにいるんですか?」
「イエス様に呼ばれたもので」
「も〜、イエスったら。風邪くらいで大げさなんだから……」
「そうでもありませんよ。熱のせいで神通力が不安定になってるみたいですし」
自身の体を確認するように言われ、ペタペタと触ってみる。
「あ、あれ…そういえば螺髪が解けてる。……ってアレ!?」
「わ、私、いつの間に女体化の術を…」
ブッダは男子禁制の尼僧院にいる尼たちを導く為に、女性の体になる術を身に付けていた。
「あなたも多少、イエス様の近寄るだけで人の病を治すという御力の恩恵にあやかっていたのでしょうね。ですからイエス様と離れた事で急に具合が悪くなり、意識をなくされたのでしょう」
イエス様の慌て振りはそれはそれはすごい物でしたよと、梵天はその場を思い浮かべているのか愉快そうに話す。
「あなたは突然髪が解けたと思ったら、浮き上がりながらまばゆく発光し、光が収まったら時には女性になっていたと言いますし」
「イエス様が驚かれて私に助けを求めるのもしょうがない事かと」
「それにしても熱に浮かされるあなたは可愛らしかったですよ。まさにデレ期全開で」
「……?」
「私の口づけを気持ちいいといってくれましたね」
あのように素直なシッダールタは貴重です!と両手をグっと握りしめる梵天。
「薬……」
ブッダは唇を抑えながら呆然とつぶやく。
「あなたがなかなか起きて下さらないので、私が飲ませて差し上げたのですよ」
梵天はにっこりと満面の笑顔を浮かべる。
「口移しで」
あんぐりと口を大きく開き、オタオタと奇妙な動きをするブッダ。
「あれは…ゆ、夢じゃないんですか?」
「完全なる現実です」
手で顔を覆い、俯くブッダ。
ああ、なんて恥ずかしい!!
夢であってくれたら――…
「おや、顔が真っ赤ですね」
「熱のせいです!」
バッと布団を頭までかぶる。
すると、当然のように梵天も布団に潜り込んできた。
「……何してるんですか」
「ご一緒させて頂こうかと」
そう言って、梵天は寄り添うように近づいてくる。
「ダメですよ」
「なんと! いいじゃないですか。寒いんですよ、ココ」
いつでもマイペースで強引な梵天の様子にため息しか出て来ない。
梵天は女性特有の躰の感触を楽しむかのように、ブッダの肌に手を滑らすと、その耳元につぶやく。
「あなたが具合が悪くなると女性になるのは、私にめいっぱい甘えたいっていう無意識の願望ですかね」
「ブッダ、ただいまーーー!」
玄関の扉がバタンと開く音と、ブッダが思わず梵天を布団からけり出していたのは同時の出来事だった―――