三月も下旬の頃だった。クラブハウスに住むルルーシュ・ランペルージの元に一通のハガキが届いたのは。届け主は母親のマリアンヌ。それはある個展のお知らせだった。マリアンヌはアートディレクターとして働いていたのでルルーシュもそういった美術展の類いは何度か足を運んでいる。ただ、よく行っていたのは中学生までで、高校生になると生徒会の仕事や友達づきあいが生活の大半をしめて、美術展に行く事は少なくなっていった。今は学校も春休みだったので、久しぶりに行ってみようと思った。一応、母に電話をかけることにした。 夕食の時間帯も過ぎた頃である。電話は何回かコールがなったあと、いつもの母の声が出た。 「はぁいルルーシュ?」 「母さん、仕事の調子はどう?」 「順調よ。最近は新人の発掘に力をいれてるの。卒業シーズンだしね」 「そう、それはよかった。あの、ハガキ届いたんだけど」 「ああそうそう、それね、あなたに行ってもらいたいと思ってたのよ」 「そのつもりだけど」 「それ、私がスカウトした子の個展なんだけどね、丁度私その時期出張で海外に行かなくちゃいけないから」 「また?」 「ええ。現物を見に色々と。だからせっかくのデヴューなのに行ってあげられないのよ」 「はぁ」 「だから変わりにルルーシュにお願いするわ。よろしく言っといてちょうだい」 「いやでも母さんの息子ってだけで俺は何も」 「いいのよこういうのは。一人でも多く見にきてくれた方が嬉しいでしょう」 「それはそうだけど、このC.C.って人?面識ないし、名前も知らないんだけど」 「いつも母がお世話になってますとか、それらしく絵についての感想でも言ってやんなさい」 「いやだから」 何故俺が。 「とにかく、よろしく言っといて頂戴。じゃあ私これからシャルルとデートだから。何かあったらまた電話かメールして。あとナナリーにもよろしく、ロロも」 そこまで言うとマリアンヌは唐突に電話を切った。電子音が虚しく響く。 ルルーシュはハガキに小さくプリントされている絵に目を落とす。抽象画か。個人的な趣味とは違っていたが、その儚い色彩感は人を惹き付けるものがあった。母親の代わりに様子を見に行くというのは気が引けたが、それをぬきにしても行ってみようという気分だった。シャーリーでも誘って一緒に行こう。キューピッドの日で強制カップルになって以来、結局デートらしいデートもしたことがなかった。ルルーシュは友人の電話番号を表示して電話をかけた。 * 母に電話をしてから5日後、個展へ向かうためにルルーシュはアッシュフォード学園の校門でシャーリーと待ち合わせをしていた。時刻は待ち合わせ時間ジャスト。シャーリーらしき人物がひょこひょことこちらにかけてくるのが見えた。ルルーシュはその姿に少し笑った。そんなに急がなくても絵は逃げていかないのに。 「ごめんルル、おまたせ」 シャーリーが息をきらして言った。 「いいよ別に、ほとんど同時だったじゃないか」 「ううん、ほんとごめんね」 「じゃぁ行こうか」 「うん!」 個展を見に行くだけなのに、何故こんなに彼女は嬉しそうなのか。その理由はルルーシュが一番よく知っていた。人から好意を向けられるというのは嫌なことではない。 学園近くのバス停から街のはずれの方へ向かうバスに乗る。バスは平日のせいか空いていて、二人席の席に並んで座る事ができた。いやおうにも距離が縮まる。シャーリーが黙してしまったので、手持ちぶたさになったルルーシュは鞄から包みを出した。シャーリーに向かって差し出す。 「え?」 「これ、その…お返し」 「お返し?」 「ほら、その、もらっただろ。チョコレート」 最後の方は自分でも言ってて恥ずかしくなり、だんだんと小さくなっていった。 「あ、ああ。え、嬉しいな、くれるの?ありがとう」 シャーリーは顔を赤らめて受けとった。自分にまでそれが伝染している気がする。 「これ、ルルの手作り?」 「そうだ。悪いか」 「ううん、ルルの作ったものならなんでも嬉しい。ありがとう。大事に食べるね」 「そんなに大げさにしなくても。こんなの簡単にできるから」 事実ルルーシュにとってクッキーなど片手間に作れるものだった。クッキーの素などに頼らず、生地から作り上げたものだが、家庭科で5をとる成績をもつルルーシュはクッキーだけでは飽き足らず、調子にのってパイまで焼き上げてしまった。それはナナリー達と食べたのだが。 何個かバス停を過ぎた後、目的の地についたので二人はバスを降りた。ハガキの地図を見ながら進むとそれらしき建物が見えてくる。こじんまりとした画廊で、入り口の外に案内板が出されていた。 「私個展になんて来たの初めて」 「そう?」 二人は画廊に入る。小さな建物だったので、入ってわりとすぐの壁から絵が飾られていた。色がいくつにも重なっている。明確な描写はなく、色の流れが確かな表現力で訴えてくる。サイズは小ぶりのものがほとんどだった。しばらく無言で作品を眺めていった。ギャラリーもあとわずかというところでルルーシュの視界にさらりとたなびくものが目に入る。絵画を鑑賞しているままの夢見心地でそちらを向く。 そこにいたのはまるでここの絵達からでてきたような儚げな美人だった。なんだろう、この感覚は。夢の中にいるようだった。 「ルル」 シャーリーの声に現実に戻される。彼女はわずかに眉を顰めてこちらを見ていた。 「ぼーっとしてどうかした?」 「ああいや。もう見終わったのか?」 「うん。綺麗な絵だね」 「そうだな」 ルルーシュはそう言いつつ視界に入った美しい女性から目が離せない。それを見かねたシャーリーが小さく息を吐いた。 「ルル、画家さんに挨拶するんじゃないっけ?」 「あ、そうだった」 ルルーシュは肝心の言いつけを思い出す。この時間にくれば会えるとマリアンヌからメールが来ていた。だが、ルルーシュはC.C.の容姿を知らない。ネットで検索してもC.C.という画家のプロフィールはハガキに書いてあるもの以外探せなかった。母は見ればわかると言っていたが、画廊を見渡してもそれだとわかるような、たとえば名札をつけているとか、そんな人物はいなかった。あたりまえか。仕方なく受け付けに行って画家の紹介をお願いすると、先程見蕩れてしまった女性の方へ案内される。いや、まさか。そう思いつつも吸い寄せられるようにルルーシュはそちらへついていった。 「C.C.、お客さん」 その声に振り返った彼女は透き通るような黄金の瞳で俺を見た。俺は妖精かなにかと対峙しているのだろうか。頭が融けたように働かない。 「こんにちは」 彼女は俺をみて優しく微笑む。俺は必死で意識を自分の元にとりもどし、唾をのみ込んでから口を開く。 「こんにちは。あの、俺ルルーシュ・ランペルージって言います」 「あ、マリアンヌ先生の」 「あ、えっと、息子です。日頃母がお世話になってます」 動悸が速い。 「ご来場ありがとうございます。こちらこそマリアンヌ先生には良くしてもらっていて。個展も開ける事になって、大変お世話になっています」 彼女はにこっと笑って俺をみた。その可憐さと言ったらもう。 「聞いてますよ、ルルーシュ君のこと。兄弟の面倒をよくみてくれて助かってるって、マリアンヌ先生が言ってました」 「いやそんな」 ルルーシュはC.C.の顔を見つめる。彼女の顔は精巧なフランス人形のようだった。 「マリアンヌ先生が卒展で私の作品に目を留めてくださって。それで個展のお話を下さったの。だから作品数も普通の個展より少ないし、まだ年端も行かない若造なんだけど、こんな機会をもらうことができて感謝してるのよ」 「母が目を付けるのもわかります。色の組み合わせが一つの作品に成り立っていて、ダイナミクスもあるし、色の個性もよく出てる」 「ありがとう。まだまだだけど嬉しいわ」 形の良い唇がきゅっと弧を描いた。ルルーシュは融けきった脳みその中でなんとか話を繋げようとめぐらせていた。 「えっと」 「ルル」 口を開いたところで袖をひっぱられる感触が伝わった。隣を見るとシャーリーが立っていた。 「こんにちは。ガールフレンド?」 C.C.がこぼれるような笑みでシャーリーに挨拶をすると、いたずらそうにルルーシュに聞いた。 「え、いやあのえっと」 「ルル」 「学校の友人で、同じ生徒会のシャーリー・フェネットです」 シャーリーはルルーシュの答えにあきらかに不満の様子だったが、ルルーシュを一睨みするだけに留まった。 「わざわざお越し下さってありがとうございます」 C.C.は軽くシャーリーに会釈をする。シャーリーはC.C.の美しさにひるみそうになったが、ここで引いてどうすると拳に力を入れる。 「シャーリー・フェネットです。その、はじめまして」 「はじめまして。C.C.です」 C.C.はくすっと笑って答えた。 「あの、C.C.さんは他にお仕事とか。すみません、母からあまり聞いてなかったもので」 なんとか話を繋げたかったルルーシュが聞いた。 「仕事は、ドラマで使う絵の依頼を何件か。そうそう、ご縁があってこの春からアッシュフォード学園の講師をすることになったんです」 「え」 「ご存知ですか?この近くの私立の学校なんですけど」 「はい、というか俺達そこの生徒なんです」 ルルーシュはそんなバカなという表情でC.C.を見た。歓喜に満ちあふれた表情とも言えるかもしれない。 「あら、そうなの?」 C.C.は表情をぱっと明るくする。先程までの人形のような美しさに生気が灯ったようだった。 「うそぉ」 シャーリーが言葉を漏らす。 「じゃ、じゃぁ、俺達の先生ってことに」 「そうなるわね。楽しみだわ」 「よろしくお願いします」 ルルーシュは手を差し出した。 「よろしく」 その手を握ったC.C.が笑顔で言った。 * 生徒会室では新入生歓迎会の準備のため、春休み中だったがルルーシュ、スザク、リヴァル、ミレイ、ニーナが集まっていた。カレンは空手部、シャーリーは水泳部の方に参加しているため、ここにはいない。 作業は一段落したところで、今はピザをとって昼食にしているところだった。美術の先生に新しい人が来る、という話を今日もしている。 というのも昨日それを言ったシャーリーがさも面白くないといったふうに説明をルルーシュに振り、ルルーシュはシャーリーから浴びせられる文句とみんなからの質問攻めでたじたじになってしまったからだった。 「確かにお腹大きかったもんな、先生」 一年の時に美術を選択していたリヴァルが言った。 「そうだね」 同じく美術を選択していたスザクが言う。 「あたし音楽選択だったからさ、美術の先生誰だかわかんないのよね」 ミレイが言う。 「黒髪で色白な先生。いつもピンクのバレッタで髪留めてたよ」 同じく美術選択者だったニーナが言った。 「うーん。ルルーシュは覚えてる?」 「え?」 ルルーシュは上の空だった。 「ルルーシュ昨日からぼーっとしすぎ」 リヴァルがあきれて言う。 「シャーリーがあの調子って事は、なーんかあるわね」 ミレイがルルーシュを横目で見て言った。 「何がです?」 「ものすごい美人とかぁ、ものすごい変人とかぁ」 「変人じゃないですよ。美人はあってますけど」 「え、美人なの?」 リヴァルが食いつく。 「あの人は……うん」 ルルーシュはまた上の空になっている。 「相当はまってるね」 スザクがそんなルルーシュを見ながら冷静に言った。 「よっしゃぁ!学園生活に花が咲くぜ」 「でもリヴァル理系でしょ?3年は芸術科目とれないよ」 ニーナが言った。 「なっー!」 リヴァルが頭を抱える。 「でもめずらしいね。ルルーシュがここまで惚れこむなんて」 スザクが言う。 「そうね、私も初めて見たわ」 ミレイが言った。 「そんなに美人だったの?」 めずらしくニーナがルルーシュに質問した。 「美人、というか、守ってあげたくなるというか」 ルルーシュはそう言うとのろのろピザを口にした。 「ダメだ、こりゃ」 スザクがあきれていった。 「相当いっちゃってるわね」 ミレイも冷静にルルーシュを見ている。 「へぇ、そうなんだぁ」 ルルーシュと同じくほんのり顔を赤らめたニーナだった。 |