最強純情男に祝福を

□第7話
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「お、静雄、あれあああああちゃんじゃないか?」


あああああ、という単語にピクリと反応を示す静雄。
その様子を見て思わずニヤついてしまいそうになったトムは何とか笑いを堪え、「挨拶でもしに行くか?」と尋ねた。
その言葉に静雄はまるで振り子のように首を横に振り、座りましょう、と呟く。


「そういえばぁー・・・・・・・あああああのタイプって聞いたことないなあー」


突如耳に入ってきた言葉に思わず反応する静雄。
それによって手元にあったメニューがベキリと折れてしまった。
品物を注文する前に新しいメニューを注文するという異例の事態に遭遇してしまったが、それはいつものこととしておこう。
トムは状況をいち早く理解し、静雄と同じくグループの会話に耳を傾けた。


「そ、そんなこと言われても・・・・・・・」

「っはあー・・・・・・あんた、人類全員愛しろって言われたらやりかねないもんねぇ・・・・・・」

「なにそれ」

「そんぐらいお人好しってことよ!」

「そうかなぁ・・・・・」


首を傾げるあああああを純粋に可愛いなあと思いながら、トムは正面に座る静雄を横目で見た。
前を見てはいるのだが、明らかに向こうの会話に集中し、心ここにあらず、という様子だ。
というより、意識は完全に向こうなのにこちらを見据えている視線は人一人くらい殺せそうだ。
店員に手渡されたメニューを眺めながら苦笑いし、再び耳を傾けた。


「じゃあ聞くけど、あああああの嫌いなタイプって何?」

「え、き、嫌いなタイプ・・・・・・・・・?」


途端に、何かが潰れる音が響く。
驚いて顔を上げると、静雄の手元にあった木製の机の一部がプレスされ、見るも無残な姿になっていた。
幸い、向こうには聞こえていないようで、依然会話が続けられている。


「嫌いなタイプ・・・・・」

「なんでもいいわ!あんたの口から嫌いなタイプっていうのが聞けるだけでも大きな収穫よ」

「収穫って・・・・・まあいいや・・・・うーん・・・・・嫌いなタイプ・・・・そうだね」


何かを決心したかのように小さく頷くあああああに、全員が食いつくように詰め寄る。
そんな視線の中で、静雄の全身全霊の意識が向けられていることを彼女が知ることはない。
そんな緊張が走る中、あああああが薄く口を開けた。


「私、暴力をふるう人は嫌いかな」


ぴしっ、という乾いた音が響いたので、正面で大人しく座っているであろう部下に目を向けた。
案の定、彼の手の中にあったグラスにひびが入っている。
しかし、まさか自分の言葉のせいでそんなことが起こっているとは思わないあああああは、次々と言葉を発した。


「あと、見た感じチャラそうな人とか、すぐに怒る人とか、物を壊す人とか、人を傷つける人とか・・・・・・」


トムは見た。
一つ一つ言葉が発せられるたびにグラスにひびが増えていくのを。
そのグラスを握っている人物の顔が俯いていくのを。
ビンゴ、だ。
もしこれがカードを持っている人物の特徴を紙に書き、指で穴を開けていくビンゴなら、静雄のカードは穴だらけだ。
ダントツ一位でビンゴし、前に躍り出ながら景品を笑顔で受け取れるような結果だが、生憎そんな景品もなければ喜べるゲームでもない。


「そういう人は、嫌いかな」


ああ、ご愁傷様。グラスよ永遠に眠れ。
トムが心の中でアーメンやら南無阿弥陀仏やら唱えた瞬間、乾いた音が辺りに響く。
目の前に座る、どんよりとした空気を背負う部下の手の中で、刹那にただのガラスの破片と化するグラスに対する弔いの言葉だったが、届く間もなかっただろう。
「私、サークル行ってくるね」と店を去って行ったあああああを横目に、トムは改めて静雄に向き合った。


「えーと・・・・・・・・静雄、大丈夫か?」


はい、と力なく返ってきた言葉に苦笑しながら水を口に含む。


「まあ、な。名指しじゃないからよ」


元気出せ、という言葉をかけると、再び同じ言葉が返される。
もちろん、強弱は変わりなしだ。


「トムさん」


突然声をかけられて驚いたが、即座に「なんだ?」と受け答える。


「・・・・・・・・・・俺、手始めに黒に染めた方がいいっすかね・・・・・やっぱ金ってチャラく見えますよね・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・自分に自信を持て」


それしか言えない自分を、情けないと思ったトムだった。
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