リクエスト 2

□月と桜と
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その日はとても月が綺麗な夜だった。
最近は寒さも緩み、風も暖かさを運んでくる。
そのときにふと甘い香りがした。
だから銀時は少し出てみよう、と思ったのだ。

「月がとっても青いから〜」

調子はずれな歌を歌いながら、人通りもない川縁を1人歩く。
天人が飛来してきて伝来された便利なものにより、この国から闇が消えた。
特に銀時の住まいがある歌舞伎町は顕著で、夜というものが消えて久しい。
だからたまにこうやって闇を求めて彷徨う。それに今日はいい匂いがした。時期的にもいい頃合いだろう。
銀時の足は自然とお気に入りの場所へと向かった。
そこは河川敷だ。一本の古木がある。
樹齢二百年とも三百年とも言われるそれは、この時期になると綺麗なピンクの衣装を纏うのだ。
昼は案外と人もいるのだが、夜は外灯がないため滅多と誰も寄りつかない格好のポイントとなる。
今日は満月だ。
玲瓏とした月の明かりが、綺麗にライトアップしてくれるだろう。
途中、自販機でワンカップを持てるだけ買った。
家から持ってきたスルメと神楽の目を掠めて持ってきた酢昆布をあてに、あのピンクの木の袂で想いに耽よう。
銀時は足取りも軽く河川敷に降りた。
もう萌えるようなピンクが、目の前にある。
思った通り、満開だ。
自然と顔を緩ませた銀時は、次の瞬間固く身を強張らせた。
明るい月明かりの下、それはひっそりと佇んでいたのだ。
一瞬、桜の木の精霊現れたのか、そんなあり得ないことを思うほどそれは幻想的で儚く見えた。
風が吹き、舞い上がる桜の花びらが、それをまるで護るように纏わり付いているさまは、この世のものとは
思えぬほど幽玄なものだった。
しかしよく見ると、それは銀時の知っている人物だ。
会う度、いつもいがみ合う相手。
決して、嫌いなわけではない。
むしろ逆なのだ、と気付いたのはいつだっただろうか。
目の前の彼は常に着ているかちりとした隊服ではなく、黒の着流しを着ていた。
ただそれだけの差なのに、この漂う色香はいったいなんだ?
銀時は声も掛けることができず、ゴクリと喉を鳴らす。
それで空気が動いたのだろうか?彼がゆっくりとこちらを向いた。
いつも強い光を放つ希有な瞳が、銀時の姿を映しとる。
ただそれだけのことで、銀時の心臓は早鐘のように鳴り響いた。

「万事屋・・・」

そこだけが鮮やかな口が開き、音を紡ぐ。
彼の瞳も大きく見開かれているから、きっとここで銀時と会うとは思っていなかったのだろう。
彼の声を聞き、銀時もようやく呪縛から解き放たれたかのように、頭が回転を始めた。

「多串くんも花見?」

なるべく平静を装って尋ねると、彼は少し考えてこくんと頷く。
その仕草がいつもの彼より幼く見せて、銀時は笑みを浮かべた。

「1人はつまんないし、一緒にどお?」

持っていた酒をかざしてみせると、彼は一瞬目を見開き、次いで微笑んで見せる。
銀時はその笑顔に、吸い込まれるかと思った。
それほどに土方の微笑みは艶やかで、銀時を魅了したのだ。




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