メイン*艦これ

□背中合わせ
1ページ/1ページ


 真っ暗な夜。
 打ち寄せる波の音だけで構成された世界はとっても静寂で満ちていた。
 月の光だけを反射する水面はゆらゆらと僕の目に浸透していくようだ。その水面下に塞ぎ込まれたどす黒い色は海の怖さを表しているみたいですこし怖かった。
 今日も僕は一人、埠頭で足を投げ出して座っている。雲一つない星が綺麗な夜だ。
 僕は雨が好きなんだけどね。だって雨って止むから。全ての出来事も僕の目に写るものも写らないものも全て、いつかはお終いっていうのがくるようで、僕は好き。

 だから、こんな晴れな日は少しだけ、苦手だった。どこまでも続くような空、昼間、あの刺すような眩しい太陽は目が痛かったから。照り返すキラキラ光るのは眩しくては目を細めるしかないから。結局この目に焼き付ける海の色が、苦手なだけかもしれないけれど。

「あ、見つけた!」

 突然後ろから声がしたけど別段驚くこともなく、無視する。

「時雨、ちょっと酷いよ〜」

 大袈裟に傷ついたような声で話しかけながら隣に座る最上はどうやら僕を探していたみたいだった。

「探したんだよ?」
「そっか」
「こんな所で月、見てたんだ」
「…綺麗だったからね」
「ふーん…じゃあボクも少し眺めてようかな」

 最上はそれからしばらく黙って月を見ていた。ボクにはどこが綺麗なのか分からなかったけど、どうやら本当に綺麗だったみたいで最上はずっと上を向いていた。

「ねぇ時雨、部屋、戻らないの?」
「うん、まだここで月見てたいかな」

 嘘ってのは最上もきっとわかってる。だって、僕はさっきから月なんて見てないんだから。

「じゃあ、僕もあと少し見てようかな」

 最上は優しいんだ。恐ろしいくらい、距離感が分かってる。その上で相手が許容できる距離まで近づいて、そっと背を向けたままでいるんだ。

「今夜の月は名月だね。うん、だからこんなに明るいのか」

 僕から返される筈のない会話だって、僕の心がすこし溶けているのを知ってる上で、話し続けてくれるんだ。
 僕は少し、目を細めた。

「これなら夜の海も怖くないね」

 ちゃぷん、
 波が跳ねる音がする。
 轟々と鳴るうるさい砲撃の音も、煙たいあの硝煙の匂いも、今は感じなかった。
 聞こえるのは平和な少しの水が静かに跳ねる音と、木々の揺れる音と、鎮守府からの賑やかな声だ。

 また目を細めて俯く。真っ黒な海を僕はどうしても好きになれなかった。この海を見てると、惨めな自分ばかりが浮き彫りになって、今の自分がとっても嫌いになってくる。それが好きになれない理由とは言えないのだけれど。

「…明るいけど、やっぱりちょっと怖いよ」
「そっか、うん、そうだね。そうに違いない。」

 今の最上の言い方がちょっとおかしくって、僕は言葉の真意をつかみ損ねていた。最上の顔を見てもよく分からなかった。
 そうに違いない、なんて、まるで自分は違うように言うもんだから。ねぇ、ちゃんともっとしっかり教えて。

「僕たちはこの海なんか嫌いで、怖くて仕方ないはずなんだ。」

 最上はいつも僕に分からせようとしてくれない。僕、分からないんだ。いつだって、最上のこと。

「でも、誰もその事言わない。すごいなぁって思うよ。――みんな強すぎるんだ。」

 僕はまだ分からない。

「けど誰かに頼って生きてる。弱音吐いて弱み見せて頼りながら生きてるんだよ。」

 分からないんだ。

「……うん、だからさ、時雨。いつか時雨が誰かに頼って生きてくれればって思うんだ。」

 なんで、そんな事いうんだ。
 そんなの無理だ。
 そんな、そんな残酷な話、やめてくれ。
 僕はもう温かく差し伸べられた手をとることはないんだ。この真っ黒な海がどれだけ怖くても、月が見られないくらい下を見続けていても、こんな夜に埠頭で一人でいても、どうしても。
「もっと幸せになってほしい。」

 それがどんなに君の願いでも。
 僕は惨めで、利己的で、弱虫で情けなかった。

「じゃ、ほら、話も済んだし。部屋に戻ろう?」

 差し伸べられた手は、どうしようもなく温かくて、僕はまた目を細めるしかなかった。
 僕たちはずっと背中を向けたまま、埠頭の端、一人でいるんだ。


.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ