メイン*東方

□笑顔
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「おかえりなさい、こいし」
「ただいまー」

 十日ぶりに帰ってきた地霊殿。またいつものように挨拶をして姉の座っているソファに腰掛ける。

 姉のさとりはなにやらマフラーを編んでるらしく、いつもの小言は今日はないらしい。

「お姉ちゃん、それ何?」
「なかなか帰ってこない妹へのささやかなプレゼントにする予定のマフラーです」
「それ言っちゃうんだ」
「毎日とは言わないので、できればもう少し帰ってくる頻度を上げてもらえるとお姉ちゃん喜びます」
「やだ」

 なかなか表情が変わらないお姉ちゃんは今だけすこし冗談めかした表情をした。

 いいな、って思う。

 私は表情なんて分からない。でも、人や私達みたいな覚以外みんなが人の気持ちを読み取るパーツの一部だってことは知ってる。それで一番相手が幸せになる表情は笑顔だってことも。だからずっと笑ってればいい。
私は笑顔しか知らない。

「こいし、何です?そんな深刻な顔して。」
「嘘。」
「そうですね、嘘です。しかしこいしが何か難しいことを考えてる感じがしたので心配になったのです。」

 少しだけ低くなった声にお姉ちゃんの感情を探る。

 何がしたいのだろう?

 私は人の感情をよく知ってるくせに、相手の思いを探るのは苦手だった。そんな私を見て、お姉ちゃんはあまり見せない優しい笑顔で「何か悩む事があるなら相談にのりますよ。」と言った。

 悩む事なんてあんまりないと思ってたのに頭の中で次々と思いうかんでいた。でも、私はそれを一つ一つ声に出して相手に伝えるのも苦手だった。だから今考えてたことだけ、少し勇気を出して言ってみる。

「じゃあ、相談に一つだけのってもらおうかな。」
「いいですよ。」
「私はどんな顔すればいいの?」
「…難しいですね。」

 直球で聞いちゃったからお姉ちゃんは少し悩んだ。

「そうですね…私は別に、思ったままの顔をすればいいと思いますけど。嬉しいや楽しいなら笑えばいいですし、悲しいや辛いなら泣けばいいです。理不尽に感じたら怒ればいいじゃないですか。」
「難しいね。」
「そう、こいしにとっては難しいでしょうね。」
「うん。」

 あぁ、やっぱり私のお姉ちゃんだなぁ、なんて思う。

「練習しましょう、私の前では無理して笑わなくてもいいですよ。」
「無理してないよ。」
「そうですか。」
「…」

 流れる沈黙は穏やかだった。
 しかし、私の堅く閉ざされた心に染み入るような長い時間だった。

「…少しだけ、頑張ってみる。」
「えぇ。」

私の目からこぼれ落ちた一粒の涙に、お姉ちゃんは優しく微笑んだ。


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