鏡花水月

□第五訓
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街には、幾つもの飲食店が並んでいた。


その中にあるごく普通のファミレスで、紫音と男は向かい合わせに座って山盛りの飯をつつく。


「どうだ、最近は?変わらずやってるか?」


『まあ、それなりにな。色々あるが生きてりゃどうにでもなるだろ。』


「あぁ、違ェねえ。…野郎はどうしてる。」


『“アレ”も相変わらずだ。やっぱり気になるか?』


「まあな。親として、だ。」


『宇宙をまたにかける最強の掃除屋 星海坊主も、一歩戦場から離れればただの父親って訳かい。』


男、星海坊主は一瞬紫音を睨み付けると溜め息を吐いた。


「父親なんてそんな大層なモンじゃねェ。現に、娘も俺を見放して家出だ。」


『家出?なんで?』


「さあな。検討もつきやしねえ。」


星海坊主はバーコード頭をそっと撫でる。

紫音は喉まで来た言葉をグッと飲み込むと、軽く咳払いをした。


『…あたしゃアンタの娘の情報なんざ持ってねーぞ。』


「分かってる。…だが、こう探し回っても見つからねェんじゃ埒があかねえ。」


『何かあんじゃねーの?例えば飯の旨い地球、とか。』


「勘でモノを言うな。あんな太陽の照りつける星に夜兎が行くわけねえだろ、バカか。」


『そうやって決めつけるのはよくねェな、そんなだから見放されんだよバカっつった方がバカ。
アンタのことだ、ろくに娘の話も聞いてやらずに放置してたんだろ。』


図星だったのか、星海坊主の眉がピクリと動いた。


夜王 鳳仙と名を連ねる、あの偉大な星海坊主がたった一人の自分の娘すらどうにもならない。


紫音は、少し呆れたように溜め息を吐いた。



「…俺に説教か?良い度胸だ、糞ガキが。」


『たまには糞ガキの言うことも聞いてみるもんだせ?糞オヤジ。』


紫音は鼻を鳴らすと、何かを思い出したのか星海坊主に箸を向けた。


『あ、そういや、こないだ夜兎を見たって野郎が…』

その時、ポケットに入れていたスマホがヴヴヴと震えた。


画面には「阿伏兎」の文字。

紫音は電話には出ずに、スマホをポケットに戻すと腰を上げた。


「悪行も暇じゃねーな。」


まだ星海坊主はそう言って唐揚げを一つ口に入れた。


紫音は「まあな」と言って伝票を持つ。


「待て、それは…」

『こいつァ同情料金だ。せいぜいこれ以上娘に愛想つかされないよう頑張んな、お父さん。』










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