鏡花水月

□第八訓
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第八訓

「たまにはサボってもいいじゃない。」






カツカツと単調なリズムの靴音が、冷たい壁に響き渡る。



チャイナ服のポケットではスマホのバイブが、もう1分近く震えている。


着信だ。


掛けてきている相手は、画面を見ずともモブ顔の奴だと予想がつく。


「しつこいなぁ。」


神威はボソリと呟くと、おもむろにポケットに手を突っ込むと、手探りで電源を落とした。


その顔は笑顔で、近くにいた天人達はこぞって彼に視線を送る。


四方八方から、自分に対しての会話が聞こえてくる。

罵声、称賛に噂話。


だが、どれもこれも神威の耳には止まらない。

今、彼の頭の中にあるのはある1人の人物だけだからだ。


居場所は分かっている。



いつものように手動式の扉を開けた。


部屋にあるのは変わらず、1つのソファのみ。


いつもは背もたれから少しだけ見えているはずの頭が今日は無い。


しかし神威は歩を進め、ヒョイとソファを覗き込んだ。




「やっぱりここにいた。」


『…意外だな。アンタが殺戮許可の出た任務を蹴るたァ…』



ソファに寝転んでいる紫音は、視線を窓から神威へ移した。


ソファに立て掛けられた傘の入ったホルダー。

その傍らの床には、スマホが転がっていた。

画面に大きくヒビが入っているところを見れば、もうスマホとしての機能は絶たれているのだろう。




星々の輝きを受け、神威の瞳の蒼が色を増す。



「そうやって、いつまでも過去に縛られるのは終わりにしたら?」


『フッ…抉ってきやがる。容赦ねーや。』


「言っただろう、弱い奴に興味はないって。」









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