星河一天
□第六訓
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WACを打たれなくなった紫音は必然と“控え室”に行くこともなくなり、死闘を終えるとその足で檻へ戻されるようになった。
「……….血生臭ェ、ケヒヒ……….」
遊庵が居なくなってからひと月が過ぎた。
隣人は数日ごとに入れ替わっている。
今回は、蛇のような舌を持つ天人だ。
本や本立ても姿を消し、もう遊庵がいた痕跡は一切なくなっている。
紫音はコテンと仰向けに転がると、乾いた血がこびりついた手を見つめた。
あの日から、心にポッカリと大きな穴が空いてしまった。
この虚しさを埋めようと死闘を“解放”に置き換えてみたものの、埋まらない穴はどんどんと冷たくなっていく。
「……よォ、ガキ、アンタ、もうここは長いのかい?」
『……….………….…。』
紫音が殺気を含んだ瞳を向けると、隣人の天人はケヒヒと笑いながら紫音から目を逸らした。
「…おかえり、紫音。」
今でも鮮明に彼の声が聞こえる。
彼のあとを追うことも考えた。
しかしあの言葉が、その選択肢を消した。
「解放だと言ったが、俺ァお前には生きていて欲しいよ。」
たった数年だったが、自分の中で彼の存在が如何に大きかったのかを改めて思い知る毎日。
暗い檻の中で、いつ死ぬか分からない恐怖を分かち合える存在がどれほど心強いものなのか。
また夢を語り合いたい。
また一緒に本を読みたい。
もう一度だけ、頭を撫でて欲しい。
生まれてから誰にも存在を認められなかった自分が、生まれてから誰にも温もりを与えて貰えなかった自分が。
生まれながら誰しもが持っている「愛されたい」と願う気持ちが、紫音の心の奥底で目を覚ました。
人の温かさを知ってしまった。
そしてそれを失った。
紫音はキュッと手を握り締め、猫のように体を丸めると瞼を落とした。
、