誰 愛
□第六話
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夕闇の中…ビルの屋上から全てを見ていた傍観者の少年は、
黒い携帯電話を片手に双眼鏡を覗き込み…自らが標的としている金髪の人物がアスファルトを蹴り、駆け出すのを静かに見送った。
「さて、シズちゃんが動いた。…俺もそろそろ行かないと、間に合わないかもねぇ」
屋上にいるのは彼だけだというのに、少年の言葉はまるで…誰かへの問いかけの様にも聞こえた。
赤いTシャツの上に短ランを羽織った少年は…文字通りの独り言を、夕闇へと溶け込ませた。
「シズちゃんを苦しめるためだけに、わざわざこんなに手の込んだことをしたんだから…
今回のことを仕組んだ俺としては、全てを見届けないとねぇ…
そうでないと面白くない」
少年が言い終わるのと、ほぼ同時に…高層ビル特有の…強い、一陣の風が吹いた。
少年を包んだその風に…促される様に、少年は双眼鏡を下ろした。
風に靡く、少年の黒髪の隙間に覗く紅い瞳は…嬉しそうに、楽しそうに、嘲る様に細められて…嗤っていた。
「…そうだ、いいことを思いついた。せっかくシズちゃんのために仕組んだんだ。
シズちゃん1人を傷つけるだけじゃあ、不公平だよねぇ…」
少年は街並みに背を向けると、双眼鏡をポケットにしまい、手にした黒い携帯電話を開いた。
メール機能を作動させると、少年は新たな文章を打ち込む。
《平和島静雄が、街の外れにある廃工場に1人で向かっている。かなり狼狽しているから、今なら数で押せば倒せるかも知れない》
そうつづられた携帯を顔の少し上に掲げ、満足げに画面を眺めた少年はそのまま、メールを一斉送信した。
「これで…シズちゃんが廃工場に辿り着くまでの道に、妨害が入る。
シズちゃんが来るのが遅れたら、廃工場で待っている連中はきっと怒って…
神宮寺ひなたさんに手を出すだろうなぁ」
残酷な言葉を吐きながら、少年はゆっくりと歩き出した。
自らの仕組んだ事の顛末を見届けるために…少年もまた、廃工場へと向かった。
歩みを進める足の動きはそのままに、少年は尚も独り言を続けた。
「神宮寺ひなたさんに手を出されたシズちゃんはキレて…あの連中を相手に大暴れするだろうね。
そんなシズちゃんの姿を間近で見て…神宮寺ひなたさん、君は…シズちゃんを受け入れられるかなぁ」
喋り続ける少年は夕闇の街の中へと…消えていった。