両手にプリンのカップをぶら下げたまま私はいつもと違う流れに首をかしげる。いつもなら、あの変な術式を終えた後、このドアから一番に入ってくるのは決まって彼で、だるいだの何だの文句をいう。
語尾を妙に伸ばして。
それを毎度の事ながら私はこうして待っていて、彼の重みでソファが10cmほど沈むのを確認してから、ホイ、とデザートを渡すんだ。
だがどうだろう。
今日、いつものドアを、いつものように開けたのは、いつもとは違う人だった。
対照的な髪色のせいか、なんだか妙に違和感を感じる。
「あれ、飛段は?」
もしやこの金髪の後ろに銀髪が隠れてやしないかと、私はその人の肩越しに後ろを覗いてみたが、探しているその人の影すらなかった。
「あいつは穴んなか、だ。うん。」
どさ、
ソファはいつもと違う沈み方をして、代わりに私の手から彼のために用意しておいた100グラム増量プリンの重みがなくなる。
そう、穴の中…。
ベリベリっと隣でプリンを覆うアルミの蓋を剥がす音を聞きながら、私はぼんやり呟いた。
…確かに変わったやつだった。
風変わりな宗教を信仰して、悪趣味な、自称“儀式”なんてのを行って、おまけにバカだった。
そしてとうとう人間の住処を捨てて、穴に住むようになったのか。
汗をかくプリンを片手に持ったまま、沈んだソファから身を起こした。
「どこ行くんだよ」、と空になったプリンの容器を持った彼の問いかけに、私は
「ちょっとね」と曖昧に相槌をうって外に出た。
確かこのアジトのそばには大きな穴が空いていたはずだ。
彼と横を通ったとき、彼はすげぇと言って穴を見ていたから、きっとあそこいるだろう。
穴はまだそこにあった。
私は地面をえぐったその穴のそばに跪いて、中をのぞいた。
どのくらい深いかわからない穴は吸い込まれそうな黒をしている。
懐中電灯をもってこればよかったと渋い思いで息を吸った。
「おーい。」
暗い穴の中に呼びかける。しばらくすると、くぐもった声で「おーい」と返事が返ってきた。
「飛段ー?」
「飛段ー」
「生きてるー?」
「生きてるー」
「元気ー?」
「元気ー」
なんてやつ。
こんな暗い穴のなかで彼は、生きていて元気でやっているのか。
くぐもった彼の声を聞きながら、心底あきれてしまう。
それでも、彼がここに居たいと言うなら私は付き合うつもりだった。
なぜかと聞かれると言葉に困るけど、あえて言わせてもらうなら、毎日の週間はそう簡単には変えられないからだ。
手にもつプリンが小さく震えた。
「ねぇ、プリンあるけど、食べるー?」
ちょっとぬるくなってしまったそれを穴の上にかざして振って見せる。
「―…食べるー」
合点承知と手を打って、私はアルミの蓋を剥がした。
プラスチックのスプーンを袋からだして、やわらかいプリンを掬い取る。もたっとしたそれは、ぷるんぷると左右に揺れ動いた。
「落とすよー」
ポチャン(プリンにまじったしょっぱいエキス)
それでも彼女は一人で叫び続ける。
fin~(こだま)