「私ね、好きだったの。」
私は窓の枠に座って、外に向かってそう言った。わずかに白くなった息が口から出て消えていく。
更にハーっと息を吐いて白い煙を立てることで、私は彼との間に出来てしまった重苦しい間を誤魔化した。
この気持ってよくわからなかったけど、言葉にするなら、好き、なんだと思うんだ。
めずらしく色を乗せた頬を、彼に向って吊り上げる。
自分で聞いても可笑しいくらいに明るい声は、部屋の中にまんべんなく響いた。
それなのに彼は何にも言ってくれずに、ひたすら本ばかり見ているから、私はまた一人でベラベラと喋りだすしかなかった。
いつからかって言うと、昨日から。
多分もっと前からそうだったんだけど、ハッて気付いたのは昨日だった。
持っていたコップが手から滑り落ちて、床に落ちてガシャンて音を立てた時に、「ああ私好きだ」って。
コツコツ。
一呼吸おいて、私は頬杖をついている窓枠を指で叩いた。
不思議なもんだよ。
最初は何とも思ってなかったのに、一体どこからこんな気持ちが出てきたんだろうっていうくらい、いつのまにか侵されていっていたんだ。
「好き、なんだ。」
コツコツという音が次第に多くなる。
好きで、好きで。
自信過剰で、ばかみたいな持論を熱心に語るのを見てるのが。それをまたまた熱心に聞いているばかみたいな自分が。
いつのまにか、たまらなく。
ねぇ、私ってバカみたい?
コツン、
と最後に大きな音を立てて、何も言わない彼を振り返り、私は笑い掛けた。
彼の黒い髪が僅かに揺れる。
パタン、
と本を閉じる音と共に、彼はやっと顔を上げた。
「…なぜそれを俺に言う?」
「……だって、」
…だって一番言いたかった人、死んじゃったんだもん…
0.3oの雨が降るこの黒い髪にあの黄色を思い浮かべるなんて、私はなんてバカなんだろうって思う。それでも、行き場のないこの思いの溢れ出るのを抑えられなかった。
(いっそバカだ、と言って終わってほしかった。)
fin~