流水落花


□その三
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良太猫を布団に寝かすとほぼ同時に鴆が部屋へやってきた。
リユキは傷の一番深い箇所の治療に当たっている。


その姿は妖怪のそれだった。銀の髪に赤い瞳。見とれてしまうほど、美しかった。


「・・・リユキ、ひどい傷は頼む。浅い傷は俺が」

鴆は、一瞬見惚れて治療を開始する。

「・・・うん」


猩影はリユキの後ろでその光景を見守っている。
怪我をした良太猫も心配だが、それよりもリユキのことが心配だった。


リユキは誰かが傷つくことを極端に恐れる。先ほどの震えといい、良太猫を見つけたときから顔色がよくなかった。

本当は今すぐにでも抱きしめたい。そんな思いを胸に秘め、猩影は拳を握り締めた。







治療が落ち着いたころ、また屋敷が騒がしくなった。

「ボクには力なんてないんだー!」

リユキたちは良太猫を鴆に任せて部屋に移動する途中だった。


リクオが勢いよく庭へ飛び出す。

「リクオ!・・・何があったの」

リユキは近くにいた黒田坊に聞いた。

「リユキ様、猩影殿・・・、リクオ様のご学友が旧鼠に捕まって、それを助けるために三代目を終生継がぬと・・・」

「旧鼠って・・、猩くん!」

「はい、良太猫の件と」




「三代目を捨てることは、下僕を見捨てることですぞ」

「リクオ様!」

「うるさい」

カラス天狗たちと言い争うリクオ。リユキはリクオを宥めるべく、声を掛けようとするが言葉が見つからない。


「リクオ・・・」







その時、庭の桜を揺らすほど、強く風が吹く。
風に巻かれる花びら。
闇の中に現れる人影。
時が止まったかのような静寂は一瞬。






「カラス天狗、みなをここへ呼べ。夜明けまでの鼠狩りだ」

凛と響くその声は夜の姿をしたリクオのものだった。

「リクオ様!」

「若!」

方々から歓声が上がる。



リクオはリユキに気づき、リユキのもとへやってきた。

「リユキ、顔色が良くねぇ」

「だ、大丈夫よ」

「猩影」

リクオが静かに猩影を呼ぶ。

「はい、若」

「オレは鼠を狩ってくる。気にくわねぇが、その間、姉貴を頼むぜ」

「はい!」

リクオを先頭に百鬼夜行が出入りに向かう。リユキはその光景をぼぅと眺めていた。



ふいに、後ろから抱きしめられる。

「猩くん・・・?」

「リユキ」

「どうしたの」

「無理するな。辛いときは、俺を頼ってくれ」

「・・・ありがとう。でももう、平気だから」
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