流水落花
□その十
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その上階の、浮世絵町を一望できる部屋には玉章がいる。
そして監禁を免れたリユキも、玉章と同じ部屋にいた。
「あなた、私を信用しすぎじゃないかしら」
「何を言っている。疑われたいのか、リユキ」
盆に茶器を載せてそれを玉章の傍らで給仕する。
「毒を盛るとか、考えないの」
「そんなこと、君にはできないさ」
リユキが来るまで誰かと電話をしていたのだろう。携帯を閉じながら、玉章は茶を受け取る。
「リユキは他者を傷つけられない」
「・・・そんなのわからない、じゃない」
そう答えるのが、リユキには精一杯だった。
玉章は、手近にあった短剣で、己の腕を切りつける。それを見たリユキは信じられないという顔をする。
「なんて事をしてるのよ」
言うが早いか、リユキは妖怪に変化すると、玉章の腕を治癒した。
その光景を玉章は黙って見つめた。
治癒が終わると、リユキは人間の姿に戻り、玉章に向き合う。文句のひとつでも言ってやろうかと思っていると玉章が静かに語り始めた。
「僕と君は正反対なんだよ。リユキは他者に刃を向けられない。
前にも言ったが、君には生まれながらにして権利があった。僕は、大将、隠神刑部狸の88番目の嫁の8番目の息子。神通力を持つ父の血を色濃く受け継いだが、それは”必要のない力”だった。」
リユキは声を発することなく、聞いた。
「だが、逆にリユキは”力”を持っていないだろう」
どういうことだろうか。リユキはぬらりひょんの血を四分の一継いでいる。妖怪の力を有している。玉章の言わんとしていることがわからない。
「”性質”はぬらりひょんだが、それよりも濃く受け継いだものがあるじゃないか」
わけがわかっていないリユキの顔をみて玉章はそう付け加えた。
「それに、僕にはどんなに足掻いても、上に立つ権利はなかった。だからそれを放棄した君が、許せなかった」
そこで玉章は”力”についての話を終えてしまう。リユキは玉章のいう”力”がなんであるのかわからないままだ。
「だけど、権利を捨てた君は、いわばかつての僕を同じ立場だ」
力を有しているにも関わらず、権利がなかった玉章。
その彼曰く、ぬらりひょんの性質よりも濃く”受け継いだ力”を持つが、権力を捨ててしまったリユキ。
「だから、私を?」
力の部分はよくわからないが、そういうことなのだろうとリユキは納得した。
そうだ、頷いて玉章は続ける。
学校の屋上で玉章が口にした言葉を思い出す。
――僕も君も同じ立場なんだ、奴良組にいても君の居場所はいづれなくなる――
「それから僕は手に入れたんだ」
かつて父の牙をもいだ”魔王の小槌”。四国の妖怪がその名をきくだけで震え上がる神宝。
「あの刀は、すごく嫌な感じがしたわ」
「君も立派な妖怪なんだよ」
意味がわからず、素直にどういうことかと聞こうとしたところで、部屋の扉が勢いよく開いた。
「玉章、玉章大変だよー!ガンギ小僧が!」
慌てる部下妖怪とは裏腹に、玉章はにやりと口元を緩める。
それを目の当たりにしたリユキは、背筋がぞくっとするのを自覚した。