流水落花


□その十一
2ページ/3ページ


猩影によってリユキは自室に運ばれ、布団に寝かされた。今は眠っているのだろうか、目を閉じている。

リユキには毛倡妓が付き添った。服装も楽なものに変えられ、着替えの際に怪我がないかも確認した。

猩影は着替えのとき以外はリユキの傍にいて手を離さなかった。

「猩影、心配なのはわかるけどさ、それじゃリユキ様の手がつぶれちゃうわよ」

毛倡妓は猩影に冗談めかしてそう言った。しかし、猩影はリユキの手を離そうとしない。

「もう、しっかりしなさいよ!さっきの威勢はどこやったのさ」

「・・・姐さんならわかりますよね。さっきのリユキ様の様子、まるであのときみたいだった」

「それは・・・」

やはり毛倡妓にも覚えはある。

あのとき――それはおよそ10年前、猩影がはじめてリユキに出会ったときのことを言ってる。
そのときのリユキは、父鯉伴の死によって心を閉ざしていた。それまでの明るい性格は一変、虚ろな目で空を見つめ、誰の声にも反応を示さなかった。自発的は行動はなくなり、布団の上で一日を過ごすことが増え、感情を表さないまるで人形のようだった。
そんなリユキに毛倡妓をはじめとする世話役はお手上げ状態だっ た。

そんな状態のリユキを救ったのが猩影であるといっても、奴良組の妖怪たちは誰も異論はないだろう。




突然行方がわからなくなっていたリユキが連れ戻された。それは、諜報役として見回りをしていた三羽鴉の手によって。しかも、若頭の命で極秘で動いていた牛頭 丸と馬頭丸と一緒に助けられた。この事実から、やはりリユキは四国の手の下に置かれていたのだろう。
それは、学校の屋上で玉章と対面していたことや、リクオの証言からも明らかであったが。


屋上で別れたあの時から、猩影はリユキとまともに口を利いていない。
翌日に本家へリユキを迎えにいったときには、黒羽丸と並んで歩くリユキを目撃して、なぜか学校に行くのをやめた。その日は一日家に閉じこもった。今までにもリユキとすれ違うことがなかったわけではない。だが、それは恋人という立場になる前の 話だ。
だからショックだったのかもしれない。リユキに突き放されたのだと、認めるのが嫌だった。


奴良組から連絡が入ったのは、明晩のことだった。


実家である狒々組が壊滅状態だと。生き残った者はいないと。悪い冗談だと思った。父親に対する無意識の尊敬は確かにあった。奴良組という関東妖怪総元締めの 組織で父はその幹部にいた。
そんな父が率いる組がたった一晩で壊滅してしまった、という。どうしても信じられなくて、実家に足を運び、その変えられない事 実を目の当たりにし、絶望した。
その後、猩影は奴良組本家を訪れる。しかし、そこでも信じたくない事実を突きつけられる。


リユキ様が行方不明だ。


屋敷中の者が口々に噂をしていた。それを否定する情報もあった。
リユキ様はご学友のところに遊びに行っておられるだけだ。
しかしそれは、総大将がみなを落ち着けるために言ったことであるとも聞こえた。しかも、肝心の総大将までもが行方不明であるという。

奴良組は今後どうなってしまうのか。妖怪たちはそのことで頭がいっぱいだった。



猩影は、それが許せなかった。どうして、誰も探しに行こうとしない?大事な総大将だろ?息女だろ?どうしてだれも・・・。
猩影の見解では、リユキはおそらく四国の下にいる。先日の転校生は明らかにリユキを狙っていた。それに気づかなかったわけじゃない。しかし、自分はリユキのことで、否、自分のことで頭がいっぱいだった。
それも、許せない。


「ぇい・・・・猩影!」

考え込んでいた猩影は自分を呼ぶ声にはっと顔を上げる。
リユキの部屋にはいつの間にか、鴆がいた。

「鴆の兄貴・・・」

「大丈夫か。さっきまでの威勢はどうしたよ。お前が落ち込んだところでリユキは帰ってこないぜ」

「でも・・・・、やっぱりリユキは・・・」

「ああ、あのときと一緒だ。よっぽどショックなことがあったか、あのときを思い出す何かがあったか・・・」

「どうすれば」

「それは、お前が落ち込んでたんじゃ始まんねぇだろ」

「兄貴・・・」

「身体に、とくに異常はねぇ。俺はリクオを診てくっから」

そう言って鴆はリユキの部屋を後にした。

猩影はリユキの左手を改めて強く握った。

「リユキ・・・必ず、俺が・・・だから、また笑ってくれよ」
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ