流水落花


□その二十二
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リクオの百鬼は何組かに分かれて鳥居の森を進むことにした。リユキは猩影や首無などと同じ組に分けられ、深い深い森の中へ一歩を踏み出した。

「しくしくえぇ〜ん・・・」

鳥居が連なる道の真ん中で子どもが泣いている。親とはぐれたのかもしれない。
リユキは迷うことなく近づいて目線を合わせるようにしゃがみこむ。

「どうしたの?お母さんとはぐれちゃった?」

子どもは泣き続ける。

「おい、リユキ、先に進むぞ」

猩影がリユキを振り返る。

「リユキ?」

繋いだはずの手は知らぬ間に離れていた。

「猩くん、待って!この子迷子みたいなの」

まるで猩影にはリユキの声が届いていないように一人で先に進んで行ってしまう。

「猩くん!!」

慌てて猩影を追いかけようとするリユキ。しかし彼が振り向くことはない。

「やだぁ!置いていかないでぇ」

リユキの後ろに居た子どもが鳴き声をあげる。リユキは遠くなる猩影の背中に向かってもう一度叫んでみる。

「猩くん!」

それでも彼はリユキを見ないまま進む。子どもがリユキの服を掴む。
次に道の先を見たとき、猩影の姿はもう見えなくなっていた。

何かが変だと気がついたときにはすでに遅かった。辺りをよく見渡すように後退すると背中合わせに誰かとぶつかった。

「淡島さん!」

「リクオの姉!」

リユキは知っている顔に会えたことに安堵する。それは淡島も同じなようだ。
二人は子どもを連れて鳥居の森を進むことにした。

「おーい!リクオー、雨造ー・・・クソ・・・どこ行きやがった」

「猩くーん、首無ー!」

三人は鳥居の道を抜けて開けた場所に出る。小さなな鳥居が無数に置かれ、祠が点在していた。

淡島は辺りを警戒しながら先頭を歩いてくれた。リユキは子どもの背を支えるように歩いた。

「しかし何て鳥居の数だよ」

リユキも先ほどからきょろきょろと辺りを見回している。

「あの、淡島さん」

「あ?なんか見つけたか?」

淡島は小さな鳥居を一つ手に取った。

「ここって妖怪の畏れの中、なんじゃあ・・・」

先ほどから視線を感じるような気がする。リユキは返事がない淡島に呼びかける。

「淡島さん?」

「おお!?そこかー!!」

淡島が急に声をあげ、帯刀を抜こうとした。すると淡島は何かに引かれるように地面に伏した。

「淡島さん!?」

リユキは咄嗟に淡島に駆け寄る。
鳥居に引っかかって淡島は止まる。淡島の頭上の鳥居から斧を持った腕が伸びてきた。

「おおぅおお!?」

淡島の頭の上をすれすれに掠め通った刃はその隣に置かれた鳥居に向かう。よくみるとそこから掴まれた淡島の足が出ている。空間が歪んでいるような不思議な光景。斧は鳥居から伸びた足に向かって振り下ろされようとしている。
淡島はそれが自分の足だと気がつくのに時間を要した。

「え・・・おい・・・ちょっ、何する気だ・・・オイ」

無情にも斧はまっすぐ淡島の脛を目掛けて振り下ろされた。

カキンっ、と刃と刃がぶつかる音がした。淡島が自身の足に目を向けると、斧を受け止めているのは女だった。

「淡島さん!大丈夫ですか?」

声と口調からそれが妖怪の姿をしたリユキだと理解した。

「リクオ姉(あね)か!・・・助かった」

ぎちぎちと刃物が擦れ合う音がする。斧を下から受け止めているリユキは分が悪い。淡島は力をこめて足を引き抜いた。

「ぬ、ぬけた・・・」

「きゃぁ」

気を抜いているとリユキから叫び声が聞こえて振り返る。今度はリユキの足元の鳥居から刀を持った手が出ていた。それだけではなかった。
あたり一体、小さな鳥居からは武器を持った無数の手が二人を囲うように伸びていた。
まるで鳥居の向こうに何かが大量にいるかのように・・・。

「ど・・・どーなってんだ!!」

「京妖怪かもしれないです・・・これ、全部同じ手みたい!」

リユキに言われ淡島も気づく。武器を持つ手は全て同じ。これで確信した、自分たちは京妖怪の畏れの中にいる。

少し離れたところに社のようなものがあり、その中に観音像のようなものがあるのが見える。奇妙なことに、頭の数も普通より多く、何より腕が無数に生えている。目を凝らすとほとんどの腕が像の周りの小さな鳥居に入っているのが見える。

「危ない!!」

リユキの叫びと同時に淡島へ刀が振り下ろされた。

「ぐっっ・・・!」

そちらを助けに行こうとすれば、同じようにリユキにも刀やら斧やらが振り下ろされる。

ザシュ、音を立てて肩口を斬られる。避けきれない攻撃にリユキは苦虫を噛み締める。
鳥居から伸びる腕と社の観音の動きが一致しているように見える。
リユキは四方からの攻撃をできるだけ避けながら社を目指す。

「おい、リクオ姉!あいつか?これはあいつの”手”なのか?!」

淡島は腕を鳥居の向こうに持っていかれている。
リユキは斬られた肩口を押さえながら鏡花水月を発動する。リユキの足を掴もうと伸びていた腕が空ぶる。

「淡島さんっ!」

悲痛な声。敵にたどり着けない。
観音像が口を開く。そして淡島の指が血に染まる。

「うわわ・・・うわぁわあああああ・・・」

淡島の目からぽろぽろと涙がこぼれる。

だめだ・・・なんだこれ!?何が何やら・・・どーなってんだ!?こ・・・こんなところでオレはやられるのか・・・!?

「だめです!淡島さん、諦めたら敵に呑まれる!!畏れに取り込まれます!」

その時、社の横の鳥居から無数の武器が飛び出してきた。それらはまっすぐに社に向かい、破壊した。
勢いに淡島が飛ばされる。やっとまともに進むことができたリユキが淡島に駆け寄る。

「リユキ様、ご無事で・・・っ怪我を・・・!」

横からの攻撃は黒田坊によるものだった。リユキを見つけ、一瞬安堵する黒田坊だったが、リユキの肩口を見てぐっと奥歯を噛み締めた。

「その声は、黒?!」

リユキは淡島を支えおこす。

「え・・・?」

淡島は何が起きたのか思考が追いついていないようだ。

「どうした淡島・・・泣いているのか。仕方がない・・・強がってても女の子だもんな」

「エロ田坊!!」

「黒田坊だ」

黒田坊の笠が出ている鳥居に近寄る。

「リユキ様、重かる石が表にありましたよね。拙僧は残念ながらリユキ様や淡島ほど驚きはしなかったのでそちらの世界へはいけなかったようです・・・」

「おめぇも触ったのか」

「淡島・・・この妖怪の性質は”神隠し”。石で畏を抱いた者を自分の”世界”に連れ込むようだ」

「やっぱりそうか・・・早くてめーらを探し出してやんねーと・・・」

「迷子になっているのは「君(私)たちの方だ(ね)」」

リユキと黒田坊の声が重なる。それを最後に黒田坊が見えていた鳥居が粉砕される。

「黒!」「黒田坊!!」

「淡島!リユキ様!!なんとか自分たちの力でこいつの畏を断ち切っ・・・」

鳥居の残骸が虚しく地面へ落ちていく。観音像が二人を振り返る。

「私は」「自分は」「僕は」「拙者は」

それぞれにしゃべりだす顔。

「「「「この鳥居の守護者・・・京妖怪、二十七面千手百足」」」」

「「「「まずは」」」」

「君」「貴様」「そなた」「お前」

千の手が淡島を指差す。

「「「「から・・・殺す」」」」
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