流水落花


□その二十四
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彼は昔から心配性だった。
風邪で寝込んだときには、必ず会いに来てくれた。そして側にいてくれた。初めて会ったときの私が、あの状態だったからか、それとも彼の前で初めて妖怪に変化したときのトラウマか。
とにかく彼は心配性で、そういえば私は彼の前では弱く、寝ていることも多いような気がする。
昔はそうではなかった。彼と出会う前の自分はもっと活発で、側近の目を盗んではすぐに本家を抜け出した。そんな女の子だったのだ。よく、父の幼少期に似ていると半ば呆れた様子で祖父の代からいる妖怪たちに言われたものだ。父も父で、私がひとり抜け出すことを叱りはしなかった。側近の前では仕方なく私の行いを咎めたが、その顔は笑っていた。首無はそんな父を見つけるとよく怒っていた。


「気がついたか?気分はどうだ?」
「猩くん・・・ここは?」

気がつくと畳の上に寝かされていて、体には彼の上着がかかっている。見覚えのある場所。そして傍らには彼がいる。

「ここは宝船だ。傷痛むか?」

気がついて早々、質問攻めな彼に苦笑する。起き上がろうとしたときに、肩口と脇腹がひどく傷んだ。

「まだ寝ていろ」

痛みが顔に出たのだろう。働かない頭で懸命に考える。どうしてここにいるんだっけ。
そうだ、土蜘蛛に百鬼夜行がバラバラにされたんだ。胸の内に痛みが蘇る。私にもっと力があれば・・・。彼は怪我をしていないだろうか。リクオは、みんなは無事だろうか。

「猩くん、あのときは守ってくれてありがとう。怪我はしてない?」

「俺は大丈夫だ。俺の方こそさっきは悪かった」

一瞬、何のことを言っているのかわからなかった。

「だけど、怪我をしたお前を見たら、ついカッとなって」

伏目稲荷で妖怪と戦ったあとのことを言っているのだと漸く理解する。
「私の方こそごめんなさい。猩くんが心配してくれていること、わかってる。だけど、あのときはああするしかなかったの」
知らぬ間に畏れに取り込まれていた。戦わなければ、倒さなければ出られなかった。

「私がもっと強かったら、みんなに迷惑かけないで済むよね」

自分の身すら守れない私が、誰かを助けたいだなんて。

「そうじゃねぇ」

猩くんは一度言葉を区切って、繰り返した。

「そうじゃねぇだろ。強いとか強くないじゃない。俺がリユキを心配するのは、」

「起きたの?」
そこへ第三者の声が響く。

「お邪魔だった?ケホケホ」

遠野組の座敷童子の紫が立っていた。

「いや、何かあったか?」

猩影が対応する。

「外、見る?北の方でリクオの百鬼が戦ってる。」

「猩くん、私も連れて行って」

立ち上がろうとした猩影の服を掴む。彼は逡巡して、手を貸してくれた。立ち上がるとふらついた。傷が熱を持っているようだった。ああ、私はぼろぼろだ。足手まといだと漸く気づく。それでもついてきたかったのには理由がある。

「こっち」

紫に導かれて、甲板にでる。

「あれは!」

京都の街に立ち昇る黒い柱は、最初に京都に入ったときよりは減っていた。きっと、千手百足のように、その下にいた妖怪が倒されたのだろう。それとは違う土煙が北の方角で上がっている。やがて収まり、名前はわからないが、歴史的建造物の塔の上に土蜘蛛が現れた。

「リクオたちは?」

敵の姿に焦りを感じ得ない。

「百鬼夜行は無事みたい。イタクと淡島たちも行ったわ」
「これから決戦だろう」
猩影の顔を覗い見る。彼は戦いたいと思うだろうか。

「猩くん」
「どうした?」
支えてくれている彼の手に自分の手を重ねる。
「話しておきたいことがあるの」




甲板から船室に戻る。終始、彼は私の体調を気遣ってくれる。私は胸の内でもやもやとしたものを感じながら、どう話すべきかを整理する。

「四国の大将、玉章は刀の欲に翻弄されていた」

京妖怪のことかと思いきや、四国というワードに猩影は少し身構えた。それはそうだ、自分の父を殺した大将の話だ。

「手打ちのあと、刀の行方はわからない。玉章も、あの刀がどこから来て、どこへ行ったか知らないと言っていた」

彼がごくり、息を呑むのがわかる。

「私が奴良組二代目、父が亡くなったときのことを思い出したと言ったよね」

「ああ」

それは、確かリクオが遠野に行っている間に話した。あの宴会の日の晩に。

「山吹の垣根の中で、目玉の妖怪にその瞬間を見ることを強制された。顔を背けることも、目を閉じることも、叫び声さえあげられなかった。父を刺したのは羽衣狐」

猩影は眉間に皺を作って、リユキの話を聞いた。

「そしてその凶器があの刀だった」

これは、四国との手打ち後に話したことだ。

「今あの刀は、京妖怪の手の元にあると思うの」

「もしそれが正しいとするならば、二代目を殺した奴と四国に奴良組と争うようけしかけた奴は同一人物の可能性が高い。それがあの刀の持ち主」
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