流水落花


□その十三
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猩影は、リユキのいつもの違う改まった物言いに、息を呑んだ。

「はい」

肯定の返事を聞くと、リユキはリクオを振り返る。

「リクオ」

「うん。・・・玉章、条件は・・・犠牲になった者をきちんと弔うこと」

「・・・君はつくづく甘いね。わかった、呑もう」

負傷しても玉章の口調は相変わらずだった。





大将同士の間で手打ちが整ったところで、妖怪たちは自陣へ引き返すべく動き出す。
リクオも青田坊や雪女に付き添われて本家へと向かい始めた。
猩影もリユキを伴って本家へ帰ろうとしたが、当のリユキはその場から動こうとはしなかった。

そして大半の妖怪が見えなくなるころ、人間の姿へと成り代わり、玉章の前へ歩み寄った。

「リユキ様、」

猩影の言葉を遮って、リユキは玉章の怪我を治癒し始めた。

「甘いのは、君もだったな」

「あなたの行いは決して許されることじゃない、私も許さない。そこは誤解しないでほしい」

「・・・」

「ひとつ聞きたいことがあるの。・・・あの刀はどこへやったの」

「さあね、夜雀が持っていってしまったよ」

「そう。じゃあどこで手に入れたの」

「それも、君の求めるような答えを僕は持ち合わせていないよ」

「わかったわ、あなたも」

「それ以上は、君の口から聞きたくないな。愚かなのは僕だ」

「・・・」

「お陰で傷は塞がったようだ。君ももう行ったほうがいいだろう」

傍らの猩影を彼は盗み見る。
そして玉章は、木の葉を散らして消えた。

リユキは目の高さで舞う一枚を捕まえて、手のひらにそっと載せた。

「もっと、違う形で出会いたかった」



「リユキ様、帰りましょう」
太陽はもう昇りきっている。





奴良組本家に百鬼夜行が帰還した。

リユキは、深手を負ったものの治療をするために、鴆の元へと向かった。

「鴆くん、みんなはどう?」

「ああ、リユキか。一番重症なのはリクオだよ。あとは牛頭丸と馬頭丸。ほかのやつらは大したことはない」

鴆は中庭を臨む縁側で薬を調合している。
リユキと、その隣に並ぶ猩影を見て、日常が戻りつつあることにほっとする。

「そう。牛頭丸と馬頭丸はリクオと同じ部屋よね?」

彼女の心が手の届かないところにあるとき、彼がどれだけ憔悴しているか、彼女はわかっているのだろうか、否、それは自分が心配することではない。

今回の出来事は、互いを思いあってこそのすれ違いもあったのだ。


「ああって、リユキ、まさか治癒するつもりか?」

「そうよ」

当然のように答える。

「お前も病み上がりみてぇなもんなんだから、俺にまかしとけよ」

「もう大丈夫。それに、試してみたいことがあるの」












リユキは目を閉じて、手を翳す。
淡い光は暖かく、傷を癒す。
そしてそれを見守る者たちの心をも癒していく。やがて光は消え、リユキがゆっくりと目を開ける。

「リユキ姉、大丈夫なの?」

「うん。リクオ、もう痛いところない?」

リクオは改めて怪我をした箇所を見る。そこには傷跡もなく、きれいに完治していた。

「次は牛頭ね」

状態の悪い順にリクオと馬頭丸の治療を終えて、牛頭丸のもとへと移動する。

牛頭丸の治療を終えたリユキに、牛鬼は礼とそしてこの場にいる全員が疑問に思っているであろうことを口にした。

「リユキ様、無理をしてはおりませんか?」

一度に三人の重症患者を治癒したのに、リユキの身体は大丈夫なのか。顔色こそ変わらないが、実は無理をしているだけなのではないか。

「無理なんてしてないよ。これは私の役目。これが私にできることなの」

以前のリユキなら、一人を治癒するのが体力の限界だった。しかしそう言った彼女は本当に辛そうには見えない。

「牛鬼、おばあちゃんもこうだったのよね?」

ふいにリユキが呟いた。その問いかけは確認で、その答えはもう出ているようだった。
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